見世物小屋
「おっとと……へへ……ん?」
酒が入り、良い気分で夜道を歩いていると妖艶な明かりに目を奪われ、おれは思わず立ち止まった。
「見世物……小屋?」
マンションの建設予定地を示す看板の向こうに、大きなテントが張られていた。
目を凝らしてみると、そこに取り付けられている赤い看板に、黒い文字で【見世物小屋】と書かれていた。
ははあ、耳にしたことはあるが、今の時代これは珍しい。恐らくサーカスの一座のように空き地を転々とし、全国を回っているのだろう。
近づいて見ると、入場料が書かれた小さな看板もあった。しかも、そう高くはない。せっかくだと思い、おれは中に入ることにした。
中に入ると、受付にいたシルクハットを被った小男(店長、いや座長と呼んだ方がいいだろうか?)が「はいはい、どうもね。さあ、どうぞ、ご遠慮なさらずに」と声をかけてきた。入場料を支払うと、小男はおれの前を歩き始めた。どうやら彼が案内人のようだ。中はゴチャゴチャと飾り付けてあるが、よく見ればオモチャの蛇や髑髏で、中には百円ショップのインテリアもあり、予算がないことが窺える。まるで、高校の文化祭のお化け屋敷みたいだ。
まぁ、そもそも大繁盛はしないものだろう。小男の背中に続き、紅色の照明の下、暗い通路を進む。
「さあ、どうぞ。右をご覧ください」
そう言って、小男が右に手を向けた。どうやら水族館のように、通路からそれぞれの部屋の中にいる者を眺める形式らしい。いや、刑務所と言った方が近いか。中にいるのは……
「……お、おお」
木の格子で仕切られた部屋にいたのは足が四本の女だった。畳の上に座り、煙管をくわえている。どこか妖艶さがあり、白く美しい足に蛇を這わせていた。あの足は作り物だろうか。そう思った瞬間、女が足を組んで着物の下の太ももが露になった。よく見ると、指も自在に動いている。うーむ、本物のようにしか見えないが、触って確かめてみたり……。
「さぁさぁ先をどうぞ……」
小男に促され、おれはしぶしぶ次の部屋の前に行った。
そこにいたのは口が二つある男だった。普通の口の他に、頬に小さな口があり、そこには歯も生えているようだ。
今度のは、確かに作り物だろう。若い女の子がハロウィンイベントなどで、そういったメイクをしているのをニュース番組で見たことがある。今の時代、あれくらいやろうと思えば誰でもできるだろう。昔は器用な者がああやってメイクを施し、騙していたのかもしれない。それもまた一芸と言えるが。
「……うおっ」
おれがそう思ったとき、男がプクッと頬を膨らませ、ライターを二つの口の前に持っていき、火を吹いてみせた。
これは驚いた。特殊メイクというわけではなさそうだ。男は歯をカチカチ鳴らして見せている。
「さあ、お次です」
次は腕が三本あるジャグラーだ。上半身裸で、腹の部分から子供のような小さな腕が生えている。それを巧みに動かし、見事な芸を披露してくれた。
その次はトカゲ男。鱗みたいな肌をしていて、虫を美味しそうに食べた……と思ったらプッと吐き出した。そして、食えたもんじゃないというようにジェスチャーした。ひょうきんな男のようだ。さらに、トカゲ男はその場でバク宙を披露してみせた。
その次は皮膚が異様に垂れた女だった。全裸ではあるが、皮が胸や股間など大事な部分を覆い隠し、そこに卑猥さはない。それどころか皮膚に施された刺青が美しい。まるでレース模様のようだ。太っているわけじゃなく、足がほっそりしている。
女はスカートの裾を持って挨拶するように皮膚を持ち、こちらに一礼した。仕草の一つ一つが気品にあふれていて、おれは思わずドキッとした。
「さあ、次ですよ。お客さん……」
「ああ、どの人も素晴らしかったな。と、ここは?」
小男に案内されたのは正面に大きなガラスがあるだけの、何もない部屋だった。そのガラスの向こうには外が見える。この部屋は見世物小屋の入り口のちょうど反対側に位置するのだろうか。
そして、何だ? あの連中は……。外に大勢が集まっているが、ゾンビか? いや、すごい形相だが普通の人間のようだ。では、怒っているのだろうか。目を見開き、唾を飛ばしてる。早く見せろとでも言っているのだろうか。しかし、防音なのか連中の声は聞こえない。これでは、こちらの声も……そうだ、助けを求めても届かない。まさか……。
「さ、最後はおれ自身が見世物に……?」
おれは横に立つ小男にそう訊ねた。小男がニヤリと笑い、おれを見上げる。その瞬間、おれの体に変化が……。
……別に何も起きなかった。
「どうぞ、ガラスに耳を当てて」
「ガラスに?」
「ささ、どうぞ」
おれは訝しがりながら、小男に言われたとおりにした。何か聞こえる……。
「ケン……? ンケン? ゆる、許さない? 消えろ?」
「彼らは人権屋ですよ。見て御覧なさい、あの恐ろしい顔!」




