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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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美しすぎる光景

 先週のことです。カメラが趣味の私は、ある鳥を撮影するためにその森に足を踏み入れました。

 ええ、あの鳥です。この前、発見されたとニュースになった、絶滅したはずの鳥。とは言うものの、『見つかったなど有り得ない』『デマに決まっている』と専門家の方がテレビでおっしゃっていたからでしょうか。たくさんの人が押しかけている、ということはなく、人影は疎らでした。

 女性が一人でいるのが珍しいのか、それともナンパ目的なのか、何人かに話しかけられたので煩わしくなり、私はその人たちとは別ルートを進みました。

 道なき道と言ってもいいかもしれませんね。ええ、無謀な行動かもしれません。でも、先ほどの件で、少し頭にもきていたので私は不安を一切感じずに、ズンズンと森の中を進んでいきました。

 しかし、どこか冷静さもあり、何となく一人でいる方があの鳥が姿を現すのではないかという思いがありました。

 そう、私の前だけに現れるという、そんな妙な自信が湧いてくるのです。これは天啓とでも言うべきでしょうか。そもそも、ここに来た理由も最近、鳥に関することがやたらと目に入ってきたからです。たまたま点けたテレビ番組。電車で隣の人が読んでいる新聞記事。ミリオンセラーを記録した曲のタイトル。そして、道に落ちていた雑誌の開いたページに書かれていた、あの鳥の記事。すべてが鳥。サブリミナル効果のように日常にあったのです。


 しかし、そう上手くは行かず、歩いても歩いても目にするのは見慣れた鳥ばかりでした。そして、森の奥へ進むにつれ、鳥の声自体聞こえなくなりました。

 私は引き返そうか、それとも、もう少しだけ先に進もうか悩みました。

 そして、「よし、少し進んでそれで何もなければもう帰ろう」そう思ったときでした。

 すぐ先にある茂みと木が、なぜか一部分だけ手で掻き分けたように開けていたのです。

 まるで暗く長い廊下の、一つだけ開いているドアから眩い光が差しているようでした。私は導かれたような気持ちで、そこに足を踏み入れました。

 すると……目の前に広がったのは不思議な光景でした。

 なんてことはないのです。雑草、木、茂み、岩。なんら普通と変わりない光景なのに、なぜか違和感があったのです。

 私は目を凝らしました。やはり何かが変……変なのです! 

 ああ、どうしたことでしょうか。私は恐ろしさともどかしさの間に揺れ、胸を掻きむしりたくなりました。でも、その違和感の正体に気づくまで、そう長く時間はかかりませんでした。


 虫です。


 虫がいない。それに、匂いも何もしないのです。草も、土も、それを運ぶ風すらありません。ここはまるで作られたような、そう、セットの中のような場所でした。

 でも、そんなのは私の妄想だと一笑に付されてしまうでしょうね。私自身もその時点ではそう思いました。まだ、たった一歩足を踏み入れただけ。触って、舐めでもすれば本物か偽物か確かめられるでしょう。でも、どうしたことか足が一歩も動かないのです。これは、本能とでもいうのでしょうか。身の危険を感じた私はその光景に背を向け、逃げるように走りました。


 その後、無事森から出て、家に帰ることができました……でもね、どうしてもあの場所のことを考えずにはいられないのです。

 その理由の一つは背中を向けた瞬間、聞こえた気がしたのです。

 鳥の鳴き声を。そう、今では白黒映像でしか見ることができない、絶滅したはずの鳥です。

 でも、確かめることはできませんでした。だって、あの場所のことを思うと、どうしてもこんな考えが浮かぶのです。

 あそこには何か……人を誘き寄せ、そして、捕食する。そんな生き物が息を潜めていたのではないかと思います。

 ああ! あるいは宇宙人の秘密基地! そうです! そこに深く入り込んだが最後、捕らえられ、脳を……。それとも、もうすでに私は……。



 これが行方不明になった患者の話のおおよその内容である。

 むろん、彼女の言っていることは、全て妄想と言っていいだろう。天啓だと、絶滅したはずの美しい鳥が見つかると彼女はそう感じていたようだが、その時点ですでに常軌を逸した世界に一歩足を踏み入れていたのではないか。

 私は今、患者が話していた森の中を歩いている。彼女のあの様子を思い出す。もし、彼女がいるとすれば、この森しかない。

 なぜ、私自らが彼女を探すのか。それは、彼女の家族に泣きつかれたからでもなく精神科医としての責任、と言うよりかは私しか彼女を見つけられない、そんな確信めいたものがあって……。


 ……ここだ。間違いない。確かに彼女の話の通り、茂みの一箇所が手で掻き分けられたように開いているのだ。

 しかし、それがどうだというのか。そこから見える光景は……彼女だ。

 彼女が石の上に腰掛け、少し上を見上げている。微笑み、まるで見えない何かと談笑しているような……。

 私は彼女に声を掛けようと口を開いた。しかし、妙だ。彼女はマネキンのように動かない。それに、あの鳥。あれが絶滅したはずの鳥では? 見たことがない、しかし美しい色の鳥だ。その鳥も彼女同様、一切動いていない。これは一体……。

 だが、とりあえず彼女が無事でよかった。あとは彼女を連れて帰るだけ……


 なんだ、これは、足を、踏み入れた、途端、動きが、ゆっくりに、しかし、私が、そうしようと、したように、彼女の、前まで、足が、動いて、ここは、一体どう……





 入賞

 タイトル 失われた光景


 作者のコメント

 絵の中の登場人物の服装や表情が、暗闇の中から、スポットライトの下に一歩踏み出してくれたように、頭の中に次々と鮮明なイメージが浮かび、筆を走らせることができました。僕が大人になったら、この星にこの絵のような自然と、人々の笑顔を取り戻せるようがんばろうと思います。

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