変化する影
とあるマンションの一室。親子三人が仲良く川の字に並べた布団に入っていた。
父親がそろそろ電気スタンドのスイッチを消そうと思った時に、真ん中にいる息子は浮かない顔をしていた。
「どうした、またグズッてるのか?」
「だって、ぱぱ……。怖いもん……」
「怖い?」
「この子ったらほらあれ。天井の影を怖がってるのよ」
「影? ああ、よーし。ほらワンちゃんが悪い影を食べちゃうぞー! ほら、ワンワン! ワンワン!」
「ふふ、ふふふっ、あはははは!」
「はいはい、二人とももう寝ましょうね」
「ウゥゥゥ、ワンワン!」
「もー! 寝なさい! ガオー!」
「あはは!」
そして、翌日の夜。昨晩の効果があったのか息子はとくに怖がる様子がなく、平気そうだった。父親は自分のお陰と思い、満足げに息子に訊ねた。
「ふふっ、なんだ、もう影が怖くないのか?」
「うん、平気! 友達なんだ!」
父親は前もって手で作れる影絵を調べてきただけに、少々がっかりもしたが息子の成長に顔をほころばせた。
それからさらに数日後の夜。
息子はウキウキした様子で布団に入っていた。だが、今度は母親のほうが浮かない顔をしていた。
気になった父親が小声で訊ねた。
「なあ、どうした?」
「……この子。ちょっと様子が変なの。『シンゴくん』って子と友達になったって」
「なんだ、いいことじゃないか。友達は多ければ多いほどいいからな」
「……いないのよ、シンゴくんなんて子。知り合いには。それに、部屋で一人の時に会話しているみたいなの」
「あー、つまり、それはイマジナリーフレンドってやつを心配しているんだな?」
「そうそう。あの子、引っ込み思案じゃない? なかなか他の子と仲良くなれないみたいだし、空想の友達に夢中になって、ますます独りぼっちになったら……」
「シーンゴくぅーん! おやすみー!」
「……ほらね」
「ああ、シンゴくんか……訊いてみるか。なあ、シンゴくんっていうのは今、布団の中にいるのか?」
「違うよー。ほら、あそこ」
「あそこって、天井……ああそうか」
父親は天井の影を見て納得した。怖がることはない。楽しめばいいとアドバイスしたのは自分だ。恐怖心を抱いていた影を友達に変換したのだろう。
これも成長だ。それにそのうち飽きるだろう。父親は母親と目を合わせ、ニッコリと笑い、頷いた。
電気スタンドのスイッチを消し、父親は布団の中からもう一度天井を見上げる。
イマジナリーフレンドか。確かにあまり長く続くようだと気になるが……。シンゴくんね……ん? あの辺だったな。あれ、影が濃い……? いや、シミか? まあ……わざわざ電気をつけて確かめることもないか。眠いし……明日に……。
そして翌朝、父親は息子のはしゃぐ声で目を覚ました。
「ぱぱ、ぱぱ! シンゴくんだよ! おっきくなった!」
「んー……あれ、おいママ、ママ!」
「何よ……朝早くからもう……まだ眠い……」
「上の階って誰が住んでる!? どんな人だ!」
「上は……確か、おじいさんの一人暮らし……」




