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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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御札

 夕方。仕事を終え、帰宅したトウヤは戦慄した。家の塀に落書きがされていたのだ。まるで呪詛のような意味不明の文字がびっしりと書かれており、それはおそらく、視界に入っている分だけでなく、家の塀全体に広がっているだろう。

 なぜ見ずにわかるのか? 以前に何度か同じことがあったからだ。嫌がらせなのか何なのか理由はわからない。中古で買ったとは言え、築年数がそれほど経っていない家だ。許しがたい。何より、この落書きのせいで婚約者と暮らすはずが、同居を渋られているのだ。

 トウヤは怒りに震えながら家の中に入った。前と同じように落書きを消そうと洗面所にバケツを取りに向かう。……だが、ピタリと足を止めた。


 ――今、奥から物音が。


 トウヤはゆっくりと息を吐き、足音を立てないよう慎重に進んだ。


「……お、おまえ!」


 ドアを開けてリビングに入ると、真っ暗な部屋の中央に不気味な女がいた。しかし、トウヤにはその女に見覚えがあった。以前から度々、家の近くで目撃していたのだ。薄々怪しいとは思っていたが的中した。

 しかし、どうやって入ったのか。いや、それよりも驚くべきは――


「なんなんだよ……なんなんだよ、その御札は!」


 部屋中に御札が貼られていたことだ。考えるまでもなく、この女の仕業だろう。その証拠に女の手には御札が一枚握られていた。尤も、トウヤには考える余裕もなかったが。


「ふざけんな!」


 トウヤは感情のままに女に飛び掛った。女の腕を掴み、ねじ伏せようとする。女は奇声を上げ、釣り上げられた大きな魚のように激しく身動きした。

 その形相にトウヤは僅かにひるんだ。元々、恐怖心はあった。頭のイカれた女相手だ。だが、再び怒りがこみ上げる。この女さえいなければ。たとえ、腕をへし折っても逃がす気はなかった。


「お前さえ! あ……」


 とは考えていたものの、まさか本当に骨が折れるとはトウヤは思っていなかった。

 女の抵抗は想像以上に激しく、腕を折られると耳を劈くばかりに絶叫し、トウヤはつい手を放してしまった。

 骨を折った不快な感覚が反芻し、トウヤは顔を歪めたが瞬時に冷静さを取り戻し、女の動きを目で追った。

 外に逃げるのか、それともキッチンの包丁を手に取るのか。だとしたら厄介だ。すぐにまた取り押さえなければ。だが、女の行動はそのどちらでもなかった。


 女は手に握っていた一枚の御札を壁に貼ったのだ。


 その瞬間、家が大きく震えた。地震ではない。身震いするような下から上への一度きりの震えだった。

 そして、何かがガラリと変わった。空気が今までにないほど心地良いものになったのだ。


「……あ、あんた。あ、御札って。それにあの落書きも、嫌がらせとかストーカーじゃなくてまさか除霊とか、そういうことを」


 女がトウヤの方を向き、ニコリと笑った。トウヤは思わずドキリとした。そして、ハッと自分がしでかしたことを思い出し、悔いた。


「ああ、すまない。腕を……俺はなんてことを……」


 女は何も言わずトウヤにそっと近づき、優しく抱きしめた。

 許すわ、とでも言うように。

 トウヤも女を抱きしめた。穏やかな気持ちになり、この先の二人の将来を夢想した。

 だから女の呟きが聞こえなかった。いや、聞こえていても、もはや疑念を抱くことはできなかっただろう。


「こ・い・の・お・ま・じ・な・い」

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