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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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ループ・ザ・ループ

 季節は春。日中は少し暑いくらいだが夜は涼しく快適だ。帰り道を歩くこの足取りも軽い軽い。

 さて、今夜はどう過ごそうか。ただ帰って寝るだけでは駄目だ。体が楽と言っても、明日の英気を養わねば、そう酒だ酒。どこか女の子がいる店でも……っと変な、何だ? 不審者か? ははは、いや、本当に……。


 前から歩いてくる男を見て私はそう思った。だが、警戒したときにはすでに遅かったのだ。

 男がポケットから手を出したと思えば首筋に痛みが。

 男の振り伸ばした手の先にはナイフ。

 ああ、切られたのだ。そして男は倒れる私の胸に向かってさらにナイフを容赦なく……。



 目が覚めた。

 病院……違う。自宅だ。

 夢……だったのか? そうでしかないが、いや馬鹿な。有り得ない。あの日、きっちり朝に起き、会社に行き、仕事を終え退社した。そんなに長い夢を見るはずがない。そういう夢を見たんじゃない。一分一秒、省略なしにキッチリと過ごしたんだぞ。それにこの早鐘を打つ心臓。こいつは死の痛みを知っている、いや、覚えている。

 スマホを確認すると日付は……刺された日と同じ朝。

 つまり……時間が巻き戻っている。十時間近くにも及ぶ長い夢を見たというよりかは、そう考えたほうが自然だろう。いやいや馬鹿な。それこそ有り得ないだろ。しかし他に説明が……。


 不可思議な現象。しかし悲しいかな、それを理由に会社を休めるような立場ではない。尤も、普段通り行動したい気持ちもあった。何事もなかったと、そう思いたかったのだ。

 そして、仕事を終えた私は前の今日と同じく、帰り道を歩いていた。日常……それは取り戻せなかった。すでに時間が巻き戻っていることには確信を持っていた。なぜなら全て前と同じように事が進んでいたのだ。上司、同僚との会話内容。信号が変わるタイミング、電車で隣に立つ人。記憶にあるすべてが同じ。既視感があり過ぎて気分が悪くなったほどだ。

 長い予知夢を見たのか、やはりループしたのか、そのどちらかはわからないが、いずれにせよこれから私は殺される。

 ……が、大人しくしているはずがない。仕事の合間を縫って、スタンガンを購入しておいたのだ。さらにシャツの下には防刃チョッキ。ついでに腕にもプロテクターを着けておいた。これなら一撃目を腕で防ぎ、スタンガンを当てることができる。

 上手くいく。相手の意表をつくことができるはずだ。何なら私の方から仕掛けてもいい。

 無論、帰宅時間や道を変えるなど回避することも考えたが、相手は恐らく無差別な通り魔。その計画を知っていて私の代わりに人が殺されるのを見て見ぬふりをするのはまた後悔しそうだ。それに成功すれば武勇伝になる。

 少々怖いが、まあ相手の出方は知っているんだ……。うまく行く。なんなら、これが使命とさえ思えてきた。そう、この不可思議な現象はこの時のために……。


 ……来た。アイツだ。間違いない。あの今日と同じ、黒のパーカーのフードを深くかぶり、大きな白いマスクをつけている。

 やってやるぞ。さあ、そのまま歩いて来い。返り討ちだ。あと百メートルか、そのまま、そのまま……。

 あともう少し……さあ、ナイフを出すぞ。

 来た! 今だ!

 え……? 痺れ……これは……奴もスタンガンを……なぜ? この前は……。

 ……クソッ……次があるかどうか……わからないが……せめて……その顔くらいは……。



 ……目が覚めた。ベッドの上。また今日だ。スタンガンを当てられた箇所はまだ痺れている感覚がした。

 だが、手にはまだマスクを剥ぎ取ったときの感触が残っている。そして、記憶も。ああ、ばっちりだ。死ぬ間際に見た顔。アイツはこのマンションの部屋の二つ隣の部屋の住人だ。

 関わりはない。なのに、だ。奴は私を狙っていた。あの笑み。そして呟き。「ざまあみろ」だと? ふざけやがって……しかし、なぜだ。なぜ私を殺そうとするのか理由がわからない。隣人なら騒音などでわかるが、いや、うるさくはしていないつもりだが……いや、そんなことは重要ではないのかもしれない。

 頭のおかしな無差別通り魔ではなかったが、奴の頭がおかしいことには変わりなく、以前、肩がぶつかったとか笑われた気がしたとか被害妄想に囚われているのかもしれない。

 しかし、警察に相談は難しい。『今日、自分を殺すやつを知っているんだ! 私はループしているんだ!』と訴えてもまともに相手してくれるとは思えない。

 たとえ、まあ有り得ないが警護してくれたとしても私を狙っているのなら、その警戒が解けた時に殺しに来るだろう。

 ……けりをつけてやる。怯え続けるのなんて冗談じゃない。性に合わん。

 ああ……直接やってやるんだ。すでに二度も殺されたんだ。刺された胸の痛み。実際に肉体にダメージはないかもしれないが、この精神の疲労。殺されるのなんて二度と御免だ。


 私は奴の部屋のインターホンを鳴らした。一応帽子をかぶり、顔がわからないようにし、段ボール箱を持っている。『隣の部屋の住人だけど荷物が間違って届いた』とでも言えばドアを開けてくれるだろう。


 …………よし、狙い通りドアが開いた。

 っと、なんだ? ちょっと開いただけで出てこないな。……まあいい。乗り込んでやる。

 案外普通の部屋だ。なんてどうでも、奴はどこに……う! バットか……だが、なぜだ。なぜことごとく狙いが……。


「クソが! そう何度も殺されてたまるかよ!」


 何……? 一体……どういうことだ……?


「ま、待――」




 ……アイツ。あの男がどういうわけか俺を殺したがっている。初めは偶然かと思った。階段でつまらないことで揉め、俺は突き飛ばされた。

 そして気づいたらなぜかその日の朝に戻っていた。ループだ。すぐに気づいた。その手の映画が好きだからな。多分死んだんだろう、だからラッキーって思った。簡単な話。揉めなきゃいいわけだからな。ムカついたし仕返しも考えたが、まあ、やられたことにはなっていないし、俺は案外平和主義者なんだ。

 ……だが、どういう訳かあの男は、また階段で俺を突き飛ばしたんだ。ああ、酷く酒に酔っているようだった。

 それならと帰宅時間をずらしたが、なぜかアイツと階段で出くわす。じゃあ、家に帰らなければいいと遠出したらうまく行った。

 だが、あの夜を越えて、ほっとしたのも束の間だった。また別の日にあの男と出くわし、そして……。

 まるで排水溝だ。運命が二人を引き寄せているとでもいうのか?

 どうあっても殺される。

 じゃあ、どうすればいいのか。

 どうあっても殺してくる相手に殺されない方法は?

 ……ああ、先に殺すことだ。

 あの階段に行く前に、路上で。そう、ナイフで刺し殺してやろうと思った。

 だが、奴はスタンガンを用意してやがった!

 次のループでは、じゃあ今度は俺もスタンガンを用意しようと思ったその矢先、インターホンが鳴った。……アイツだった。隣人の振りして荷物が間違って届いたとか言って俺を油断させ、そして……。

 クソが! 徹底してやがる。何があっても俺を殺す気なんだ! あのイカレ野郎は!

 もう油断しねぇ……返り討ちにしてやる……。

 殺す殺す殺す殺す殺す……。

 だが……あああ、奴はまた違う手を……。




 目が覚めた。またこの朝を迎えた。

 奴のあの発言。何度も私に殺されている? つまり、奴もループを……しかし、私に奴を殺した記憶などない。やはり、頭のおかしな奴……だが、もしそれが本当だとしたら……。

 もしかしたら相手を殺した者はこのループから抜け出し、そのままその世界線を生き、殺された方がこの朝に戻るのでは? だから私が奴を殺した記憶がない。成功した私は卒業したわけだからな。奴もまた同じ……。すると殺された記憶だけが積み重なっていく。憎しみも添えて。

 これは……これには終わりがあるのだろうか。手を変え品を変え、殺し合いは一体どこまで……。


 ああ、ガラスが割れた音が……。

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