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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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超常現象

 ……新生活の始まりとしてこんな最悪なことはない。

 女はそう思った。引っ越して早々に高熱を出し、まさか入学式にも出れないなんて……。あぁ、体がまだダルい。余裕を持ってこの大学近くのアパートに引っ越せばよかったなんてことわかっているけど、なんやかんやゴタゴタしてしまった。

 未だ開けられていないダンボール箱を見つめ、また明日にしよう……と彼女はぼやいた。


 その日の晩のこと。何かの気配を感じ、目を覚ました彼女は辺りを見回した。

 今さっきのはただの夢の中のこと……そう思う間もなかった。部屋がひどく荒らされていたのだ。嵐のあとのよう、まだ空けていないダンボール箱の中身が床にぶちまけられていた。

 泥棒……?

 そう思うと彼女は恐怖で足が冷たくなり、体が硬直した。

 そのまま動かないでいること数分。警察を、と思いようやくスマートフォンに手を伸ばした。

 スマホを手にすると幾分か心強くなり、現状を細かく把握しようとベッドから起き上がって、部屋の電気を点けた。

 侵入者の気配はない。窓に目をやると鍵は閉まったままだった。

 中に入ってわざわざ閉めた? いや、窓は割られていない。じゃあ玄関から入った? しかし確認したところ鍵は閉まったままだ。

 彼女はその調子で部屋の中を調べたが泥棒の姿はないどころか、そのあともなかった。完全な密室だ。盗られた物もどうやらなさそう。財布等貴重品は手つかずのままだった。

 これでは警察を呼んだところで勘違い、杜撰なだけだと思われる。事実、そうかもしれない。片付けようとしてことを忘れただけなのかも。彼女は首を傾げながら、また眠りについた。


 しかし、奇妙な現象はその後も続いた。朝、起きてみると物の位置が変わっている。彼女は窓やドアに紙を挟んだりガムテープを張ったりしたのだが、変化はなし。と、くれば侵入者ではない。念のため、隠し扉でもありはしないかと探したがごく普通のアパートの部屋だ。あるわけがなかった。

 可能性としては夢遊病。考えたくはなかったが有り得ないことではない。新生活の不安、ストレスが引き金となったのだ。

 そう考えた彼女はスマホで自分の寝姿を録画をすることにした。これで原因が解明できる、と少し気が楽になったのか途中で目を覚ますことなく、朝までぐっすり眠った。


「う、そ……」


 朝起きてスマホを確認すると彼女は驚愕した。物が独りでに動いているのだ。

 Tシャツが部屋を舞い、ぬいぐるみが窓を叩く。エアコンのリモコンが床に落ち、夢の中でその音を聞いたのか寝返りを打った。きっと最初の晩もこういった音で目を覚ましたのだ。

 でも、なんで……。

 考えるまでもない。この部屋は……。

 彼女は身震いした。自覚すると、途端に不気味さ、恐怖が込み上げてくる。壁の染みも人の顔に見えてきた。家鳴りがし、ビクッと仰け反る。

 本当に最悪だ。まさか新生活の部屋が事故物件だとは。今夜は駅近くのネットカフェにでも泊まろうかな。その前に、あの動いていたぬいぐるみは処分……。

 彼女がそう思った瞬間だった。


「え……」


 ぬいぐるみがむくりと起き上がったのだ。

 彼女が口から溢したのは最初のその一欠けらのみで、悲鳴と息を呑み、ぬいぐるみを見つめた。すると、ぬいぐるみはブルブル震え出し一歩。また一歩とまるで心臓の鼓動のように一定の間隔で体がむぎゅっと潰れ、そして伸びあがるといった伸縮活動を行いながら彼女に近づく。ボコボコと不規則、不均一に膨れ上がり今にも裂け、その中身をぶちまけそうなほどの気迫に彼女は床に尻餅をついた。

 激しい破裂音と共に飛び散る中身。しかしそれは綿などではなく血と臓物。床に、壁に、窓に、そして自分の顔に張り付き、ナメクジのように蠢く。


「い、いやっ!」


 彼女は自分のその想像に恐怖し、裸足で家から飛び出した。

 走り、走り、しかし振り返るとぬいぐるみは飛行しながらあとを迫ってきていた。まるで磁石。一向にそのぬいぐるみに取り憑いた悪霊を引き離すことができない。


「いや、いやあああぁぁぁぁ! ああああ!? ああ!?」 


 悲鳴を上げながら走っていると通り過ぎる家々の窓ガラスが割れ、それでまた彼女は叫んだ。

 喉が痛んだ。次いで肺が、横腹が痛む。そんな状態でいつまでも走れるはずもなく、彼女は立ち止まり、下を向き嗚咽を漏らした。もう、心は諦めかけていた。後ろから丸い耳が二つの影が伸びる…………。


「わっ!」


 彼女は顔を上げ、その声の方を向いた。

 自転車に乗った子供。それが道路の真ん中で転んだのだ。荒い舗装のせいだろう。ハンドルをとられたのだ。あるいは彼女の後ろに迫るクマのぬいぐるみに気を取られたのかもしれない。

 が、なんてことはない。すぐ起き上がるだろう、と外そうとした彼女の視線は別のものに奪われた。


「あ、車!」


 スピードを緩める気配はない。もしかしたら見えていないのかもしれない。いや、なんにせよ間に合わない。

 彼女はとっさに手を伸ばした。遠近法なら少年は手のひらの上だが実際の距離は開けている。ただの反射的行動。無駄だった。彼女自身、そう思っていた。だが


「え、嘘……え、は?」


 車が目の前を何事もなく通過した。

 少年と自転車の真下を。

 そう、少年は浮き上がっていた。少年は驚いた顔で下を見下ろすと今度は上を見上げ自転車を漕いだ。どこぞの映画よろしく前に進むことはなかったが、彼女が掲げた手を動かすと少年と自転車もまた、動く。


「え、これって、え? これ……えええええ!?」


 彼女は少年を動かし、歩道の上に乗せると後ろを振り向いた。いつの間にかペタッと地面に倒れていたぬいぐるみ。彼女が意識するとまた動き始めた。

 彼女は視線を外すと今度は空を見上げ、手を伸ばす。

 掴むように、また、泳ぐように。

 すると彼女の体が空に向かって上がった。


 超能力ヒーローの誕生の瞬間であった。

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