実験の犠牲
町はずれの研究所。二人の男が神妙な顔つきで話をしていた。その視線の先にあるのは可愛らしい女の子のフィギュア。薄暗い室内、杯状の台座の上に置かれているそれは、台座の内部にあるライトに下から照らされていることもあり、一見、大事に飾られているようであるが、その台座というのが博士が開発した物質転送装置なのである。
「ね、ね、博士。本当に大丈夫なんですよね……?」と助手が不安及び不満そうに訊ねた。
「くどいぞ。何をそんなに心配している。助手のくせに私の頭脳がそんなに信じられないか?」
「いや、そんなことは……でも何も僕の大事なフィギュアで試さなくても! 限定品なんですよ!」
「ほら、その言い草が信用していないと言うんだまったく!」
「いや、でも本当に繊細な造りで……」
「だからこそだ。この物質転移装置を使う相手にはもってこいだ。空き缶などではつまらぬだろう? それに、だ。その人形は宇宙に飛ばされた猿同様、歴史に名を残すわけだ。ああ、教科書にも載るだろうな」
「ほう……ま、まあ悪い気はしないですね……」
「そういうわけで、送り先はこの研究所の目の前の空き地だ。その窓から見えるだろう。よし、さあやるぞ!」
「え、もう!? やっぱり待っ――」
博士がスイッチを押すと長方形のライトが起き上がるようにしてフィギュアを四方から囲み、ジジジジジという音と共に、ラクレットオーブンのように徐々に光を強めフィギュアを照らし、そしてその光はこねくり回すように上へ下へと伸びた。
さらに光が強さを増し、遮光ゴーグルをつけている二人でさえ、目を逸らそうかという時、光とフィギュアはフッと消え、瞼の裏に残像だけを残した。
「……やった! やったぞ!」
博士は飛び上がって喜んだ。肩をバンバン叩かれた助手はフィギュアの安否が気になるため苦笑いしているが、確かにすごいと感じている。しかし……
「すごい……ってあれ。あれなんです?」
「ん?」
「ほら、装置の上に。あのスポットライトのような丸い光は……」
「うん? 日の光のような……ああ、空が見える。なるほど、どうやら天井までくり貫いて転移させてしまったようだ。座標の問題か! なるほどなるほど、つまりは」
「ま、待ってください! それじゃまさかフィギュアの上に……あああ! 天井の一部があああぁぁぁ!」
窓に駆け寄り、外を見つめた助手は叫び声を上げた。博士も傍に寄り外を眺める。
「ま、まあ。転送は成功したわけだし、改善点が見つかってよかったじゃないか。尊い犠牲というやつで」
「ううううう……シンリーちゃん……潰され……でもまだ修理できるかも……」
助手がそう口にした瞬間だった。ドン! ドン! と二度続けての衝撃音。空から二つ、天井同様、丸くくり貫かれたような何かが落ちてきた。
それはフィギュアを下敷きにした天井の一部の上に。
土煙がモクモクと上がり、風に吹かれる。まるで火葬場の煙のようだった。
「シシシシシシンリーちゃシシシシシシシ……」
「あれは……何かの部品か?」
博士が目を凝らした瞬間、突如として空を揺らすような轟音が聞こえた。その音はどんどん下降しながら町のほうへ向かっているようだった。
そして、博士はショックのあまり呆然としている助手を横目に、尊い犠牲とは何人までなら許されるのか思惟した。




