この世界の真実
その音は地の底から響く怪獣の唸り声のようであった。
……が、どうせただの車か何かの音だろう。現実に怪獣などとは口に出すことも恥ずかしい。たとえそういった類のドラマのエキストラの仕事が来たとしても、苦笑いしていたに違いない。
尤も仕事は請けていただろが……。売れない役者、自分が仕事を選べる立場でないことは理解している。が、身の程を知っていると言うのに仕事は来ない。だからこうして腹が減らないように部屋で寝そべって……何だ!
地震。それも大きな……。そしてまたもあの唸り声。まさか、本当に……?
そう思い、窓に駆け寄った時、ちょうど揺れが収まった。自転車に乗った中年の女性が悠々とこのアパートの前を通るのが窓から見える。
外にいるほうが地震に気づきにくいから、まあ不自然ではないが……。
しかし、あの音は? 怪獣……か。
直後、おれの脳裏に昔、耳にしたある説が過ぎった。
……地球空洞説。
この地球は空洞であり、その中には別世界が広がっている。そしてそれはこの世界よりも原始的であり、怪獣。それらが支配者なのだ。奴らは地上に出たがっている。そしてその穴は地球上にいくつも。日が経つごとに大きく……。
……はははっ。なんて、そんなことあるはずがな……何だアイツは。
あの男。今、このアパートの前を通り過ぎる際、こっちを見たのだが奇妙だった。まるで覆面をかぶっているみたいに、首の辺りがブカブカしていたのだ。
……爬虫類人間。これも昔どこかで耳にした話だ。奴らは人間に化け、この世界を支配しようとたくらんでいる。そう、奴らこそ地底の世界の人間。つまり侵略者なのだ。すでにいくつもの人間が彼らに成り代わられている。それも、一国の権力者に。すべての国のトップが彼らに成り代わられた時、この地上は……。
……だがすでに我々は別のものに支配されている。政治家など、権力者たちによって……。そう、政府は情報を統制し、マスコミも思い通りに動かせるのだ。マスコミによる批判めいた報道もあるがそれはただのガス抜き。プロレスだ。連中は全てを支配している。
となればさっきの地震も兵器による実験の可能性も……。
いや、それならば他国によるものとも考えられ……。
いや、一国の力など限界がある。世界を股にかける秘密結社や大企業、あるいは一族の仕業……何だあの建設中の建物は。あんなのあったか? ここ数日で?
……そうだ、きっと電波塔を作ろうとしているのだ。そしてそこから繰り出される電磁波攻撃で邪魔な人間を始末……何だあの黒服の男は。ネクタイまで黒かった。立ち止まったあと何かを手の中でいじり、この家の前を通り過ぎて行ったが、奴はまさか政府のエージェント。
おれの頭の中を特殊な装置で読み取り「感付いた者がいるな……やつだな」とおれを監視しに来たのか? もしかしたら監視ドローンが上から……何だあの空は。さっきから雲が全く動いてないようにも思える。空、空……。
そうだ……地球は平面だという説がある。そもそも地球が球体なら、下側の人間は逆さまに歩いていることになる。おかしいぞ。ああ、となれば昔、外国が打ち上げたロケットが宇宙に行ったというのも怪しくなってくる。本当に行っていたのなら地球が丸いなどという今の常識に異を唱えたはず……。それも政府が口止めしているのか……。
いや、月の裏側にはエイリアンの基地があるという。宇宙飛行士たちは捕らえられ、記憶を捏造されたのでは……。いや、それこそ宇宙人が国のトップを支配して……。
――ドン! ドン!
突然のノックの音に、おれの思案はそこで打ち切られた。このタイミング。何かあることに違いない。
おれは唾を飲み、ドアノブに手を伸ばす。危険な匂いがするが、目的がこのおれだとすれば、逃げたとしてもすぐに追いつかれるだろう。何よりも、この好奇心。真実を知ることからおれは逃げない。
「はぁい」
なんだこの美女は……。
「あなたも気づいたんでしょう? ここは人工知能が作り出した仮想現実世界。本当の肉体はカプセルの中ってことに。そう、人類は連中に支配されてるの。さあ、私と共に行きましょう!」
「動くな」
なんだこの銃を持った男は……。
「騙されるな。その女はロイタムミナ星から来た侵略者だ。君のお父さんは私と同じく宇宙の侵略者と戦うエージェントだった。君も組織に入り、一緒に戦おう」
「待ちなさい」
なんだこの神父は……。
「彼らは悪魔崇拝者だ。聴こえのいい言葉を並べて君を連れ出し、生贄にするつもりだ。私と共に来るんだ」
三人はおれに迫り、自分こそが正しい、真実だと熱弁を振るった。だが、なにか、何か違う気がする。おれは……おれは……。
「ボケッとするな!」
なんだこの高圧的な声は……。どこから? 上? 空から? 天……まさか、この世界は漫画か小説か何かの……。
「起きろ!」
……なんだこのいかにもパワハラしますって顔の男は。嫌いだ――
「いたっ! あ、ディレ、ディレクター」
「堂々と寝てんじゃねーよ新人がよぉぉ! 売れずにこの世界入ってきたくせに役者気取ってんじゃねーぞ! ほら! さっさと撮り終えたあのバイクを片付けろぉ! ぼさっとすんな! 言われた通り動け! 考えるな! ラァ! オォイ!」
「あ、あ、は、はい!」
なんだ夢か……。




