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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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不思議な魅力

 雑貨屋、というより『個人コンビニ』といったところか。オレンジ色の看板。薄汚れたガラスの引き戸。打ちっぱなしのコンクリートの床は皺のようにひび割れている。

 監視カメラは……なさそうだ。実入りは少ないかもしれないが、駆け出しの泥棒からしたらこれくらいがちょうどいいだろう。運が良いことに今、店には誰もいないようだ。配達何かか。どれどれ、レジの金は……まあまあか。金庫は奥かな。

 男がそう考え、店の奥に目を向けたときだった。足音。客が来たのだ。

 その客は商品を手に取るとまっすぐレジ、つまり男のもとへ。今更身を隠しても遅い。顔も見られた。

 しまったな、どう、どう、どうする……と、身を強張らせた男は思わず目を見開いた。


 ……財布を出したぞ。おれが泥棒だと気づいていないのか? この辺の人間じゃないのだろうか。それとも、おれを新しく入ったバイトとでも思っているのか何にせよ都合がいい。ちょうど、レジカウンターの後ろにエプロンがあった。よし、これを着けて……。


 会計を済ませた客は男を一瞥したあと、店から出て行った。男はフッーと息を吐いて顔を緩めた。

 ……上手くやり過ごせた。経験が活きた。昔ちょっとコンビニでバイトしていてよかった。まあ久々だったからもたついて、睨まれたような気もするが、特に何も言われなかったし不審に思うほどではなかっただろう。ああ、まさか泥棒なんて思うはずがない。

 さて、じゃあ本業。金庫を……っとまた客が。クソ!


 男は一人出たらまた一人と絶妙に途切れない、客の対応に追われた。

 どうやらこの店、意外にも人気があるらしい。金庫を狙おうにも客が常に一人は店の中をうろついている。

 ようやく人の流れが途絶えたと思ったときにはもう夜になっていた。男はフッーと息を吐き、腕を組む。

 ……それにしてもこの売上金。これは思わぬ収穫になった。あとは金庫を……と男は思ったのだが、鍵を探す前に少し休憩。腹ごしらえすることにした。思えば店に来てからずっと立ちっぱなしであったのだ。幸いなことに食事には困らない。どれがいいかな。いや、期限が近い物を。いや、そんなこと考えなくても……。


 ……気づいたら朝だった。満腹になり寝てしまったらしい。亀と競争したウサギの気分はこんな感じだろうか。

 なんて、呑気なことを……と、良かった。幸い亀は、じゃなくて店の人間は戻っていないようだ。

 男は昨夜と同じ要領で適当に店の商品の袋を開け、朝ごはんを済ませた。さてそれじゃあ今度こそ……と男が思ったところでまた店に人が入ってきた。

 しかし、客ではない、荷物の配達のようだ。未だに姿を見せない店長が発注したものだろう。届いたダンボールを荷解きし、商品を陳列する。


 いや、こんなことしてる場合じゃ……また客が!


 と、こんな流れを繰り返し、数日が経った。逃げる隙がない……こともない。エプロンを脱ぎ捨て、この場を離れればいいだけの話だ。だが、どうもその気が起きない。不思議と居心地がいいのだ。それにこの金。どんどん貯まっていく。

 この金で店をもう少し綺麗に……ってそんなことする必要はない。良きところで持ち逃げしよう。日誌のようなものがあるからそれに倣って商品を発注をする。代引きで……って何をしているんだ。だが、店が……。


 さすがにいつまでもこんなことをしていられない。そう考えた男はある日、意を決し店から飛び出した。

 レジには少し金を残しておいた。初めて来たときに入っていたぐらいの金だ。これなら発覚する恐れが低くなった上に気づいたとしても警察にどう説明するか困るだろう。貰って行く分は賃金だ。それくらい構わないだろう、と。


 それから男は適当な会社に就職した。真面目に働く楽しさと泥棒に不向きなことがわかったからだ。

 しばらく経ち、順調そのもの。辞めることなくせっせと働いていたのだが……今、男はあの個人コンビニの近くまで来ていた。

 引かれるように足が動いたのだ。別れた女の魅力に気づいたように、やはり、あの日々のほうがずっと楽しかったのだ。


 店に入ると、エプロンを着た男がいた。


 あいつが店長か。あの時、店を放りっぱなしにしてたくせに何をのうのうと……。

 と、男は買い物したあと、去り際にキッと睨んだ。店長はありがとうございましたも言えない、オドオドしてまるで新人のような男だった。


 あんなんで大丈夫なのか? ……いいや、駄目に決まっている。向いていない。だからきっと店から逃げ出していたんだ。そうに違いない。しばらくは様子を見に来る必要があるな。そして、もしまた逃げたらおれがこのコンビニを……。



 そのコンビニは不思議と客が途絶えない。これからもきっとずっと……。

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