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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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海獣の声

 月に薄雲がかかっている夜だった。明るさとシルエットから満月だとわかる。

 歩道橋の上でふと立ち止まったその青年は空を見上げ、目を凝らす。


 ――ま、見えたところでな。


 と、青年はため息一つつき、また歩き出す。

 一歩、二歩、三歩……と、青年はまた足を止めた。


 ――今の音……。


 どこからか聞こえた音。いや、声。その声に青年はどこか、呼ばれたような気がしたのだ。高く、弦楽器のようであったが風が橋の欄干を撫でたにしては遠くに……まただ。また聞こえた。


 ……鯨? 鯨の鳴き声? 青年はすぐにその考えを否定した。海までは距離がある。鳴いていたとしても当然ここまで聞こえるはずがない。

 じゃあ、なぜ? 誰かがスピーカーから大音量で流している? いや、風の音とか工事の音とかそんなところだろう。しかし、鯨か……。鯨の声は癒されると話には聞くけど、なんだか恐ろしく感じるのは海の深さと冷たさ、鯨の巨大さを想像してしまうからか。……いや、悲しげだからだ。何かに呼びかけるような。

 

 青年が目を閉じ、耳を澄ますと青い海。暗い底が頭に浮かんだ。

 沈んでいく。

 一人で、ただただゆっくりと沈んでいく……。


 突如、絵を縦に破るような轟音が青年の想像を引き裂き、現実に引き戻した。

 飛行機だ。

 空を割るようなジェットの音がビリビリと歩道橋ごと青年の体を震わせた。

 青年は空を見上げ、飛行機を視認した。青年が不快感交じりに睨むつもりだったその目を大きく見開いたのは、頭上を通り過ぎようとするその飛行機の横に何か巨大なものが見えたからだ。

 それもまた薄雲に隠れ、シルエットでしかないが鯨に似た、それでいてヒレが翼のように長くて大きいそれは飛行機の騒音に掻き消されまいと必死に鳴き声を上げているようだった。


 それは仲間を求めている。

 そして、この空で見つけた。しかし、その鉄の鳥は呼びかけに応じることはない。ただそのまま直進して行く。


 空の鯨は自分が呼びかけるそれが仲間ではないと気づいたのか、頭の向きを変えた。飛行機の音が離れていき、悲しげな声だけが響く。胸が震えるほどに。


 その独りの声も遠ざかっていく。

 きっとあれは仲間を探し続けるのだろう。

 そんな妖怪、怪獣の類がどれだけいたのだろう。

 そして今、どれだけ残っているのだろう。


 月が雲間から顔を出した。青年はそれがあの鯨の慰めになることを願わずにはいられなかった。

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