客観視
あー、涼しい。企業努力というやつかしらね。夜遅くまでお店を開いてくれてるのはすっごく助かる。仕事終わりにこのビルの三階のカフェに寄るのが私の楽しみなのだ。
コーヒー、それにケーキ。これがたまらない。少々お値段は張るけど、私の稼ぎならどうということはない。贅沢しないとね。コーヒーはあえてホットに。店内は冷房が効いているからだ。私はちょっと暑さに弱いから別にアイスコーヒーでもいいのだけれど店内に長くいたいからこれでいい。
と、いうのもここ、窓際の席から、外を歩く人を見下ろすのが好きなのだ。
肩を落としたサラリーマン。酔っ払い。水商売風の下品な女。それぞれの人生を想像しながらコーヒーとケーキを……っと?
……ホームレス。寝ているみたいね。夜とはいえ今はまだ夏。日中、暴力的なまでの日差しを浴びせられたアスファルトはまだ熱を処理しきれていないはず。外はムワッとした、サウナにいるような蒸し暑さだったもの。ああ、ほら。あんなに汗が……。アスファルトに染みて影みたいになっている。
酔っ払っているのかな? 外灯に照らされた顔に赤みが見える。それか熱中症? 大丈夫だろうか。んー、よく見えない。スマホのカメラならどうだろう?
拡大して……見えた。でも判断つかないな。眠っているのかピクリとも動かない。それか死んで……あ。写真撮っちゃった。まあいいか。
それにしても汚らしい……なんて思っちゃいけないわよね。ううん。思うのは自由。口に出しちゃいけないだけ。
……っといけない、明日はデートだった! そろそろ店を出なきゃ。早く家に帰ってお風呂にスキンケアに、ああ、ケーキの残りはテイクアウトにしましょう。それからっと……
……うん、生きてるみたいね。それにしてもうわぁ、ゴミと添い寝なんて……っと確認はもう十分ね。帰らなきゃ。
「おい」
え? あ。
声の方に振り返るとホームレスの男が立ち上がり、私を睨んでいた。でも、なんで? もにゅもにゅと口を動かしてなに……? ……ああ、このケーキが欲しいのね。仕方ないなぁ。
「はい、どうぞ」
私はにこやかに袋からケーキを差し出した。慈愛の心ってやつね。……ちょ!
「な、何すんのよ!」
「いるかよこんなもん!」
ケーキは男に叩き落され、べちゃっと飛び降り死体みたく地面にへばり付いてしまった。許せない……人の善意を……。
「じゃあ、なに! なんなの? お金? あ! それとも体? ヤラせろっていうの!?」
「はぁ? ばぁーかかおめえ。謝ってほしかっただけだよ、ああでも、もういい。帰る」
「な、謝る? 私が? ふざけるんじゃないわよ!」
わざわざ安否確認しに来てあげたっていうのにこのオッサンは……。その汚らしい鞄を持って、どこに帰るっていうのよ。家なんてないでしょ。私が馬鹿って? 私が? この……
「私たち『あのオバサン、あれヤバイよね』って話してたんです」
「うんうん、そこの席で何かニヤつきながらスマホのカメラで写真を撮ってたみたいで」
「で、そのあと店員さんになにか文句言いながらケーキを袋につめていて、なんて言ってたっけ?」
「『もっと大きな袋よこしなさいよ!』だよ。潰れちゃうとかなんとか。たくさん注文していたから」
「で、店を出たらそのままホームレスの方に直進して」
「ニヤつきながらジロジロみてるなあ、やめればいいのにと思ったら、また写真かよって」
「で、その後、なにか揉めたみたいで」
「一方的にね。あのオバサンすごい怒鳴り声だったよね。こっちまで聞こえてきてたもんね」
「ねー窓がびりびりびり! って震えて。なんか自分を客観的に見れてないっていうか」
「でもまさか、殺しちゃうなんてね……」
「ねー、あの大きな体で馬乗りになって、それで首を絞めてたみたいで……」
「逃げようとしたところを周りの人に取り押さえられて……」
「それで私たちも近くに行ったけど、嫌いな顔してたなぁ」
「あ、写真見ます? はははっこれ、すごい顔してる、ははははは!」




