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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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310/705

お前が座敷わらしか?

「お前が座敷わらしか?」


 僕は彫刻用の小刀の鞘を抜いて、そう訊ねた。静まり返った和室。ヒグラシの鳴き声が耳の奥で反響している。

 開けっぱなしの障子窓の向こう、外から暴力的なまでに強い日差しが部屋の中に伸びている。

 その光に反射して、小刀が鈍く光った。よく見ると結構、錆びている。でも構いやしない。こいつを、座敷わらしを殺すにはきっと十分だ……



 この日。車で家を出た僕たちは、昼前にお祖母ちゃんの家に到着した。三人の子供を産んだお祖母ちゃんだけど、みんなもう家を出て、お祖父ちゃんにも先立たれ、この田舎で一人ぼっちだった。そのお祖母ちゃんに会いに、僕たち親戚一同、夏休みに日程を合わせ、遊びに来るのは毎年恒例のこと。

 僕のお父さんは三男で子供は僕と妹の二人。

 次男は息子が三人。一郎くん、次郎くん、三郎くん。

 長男は娘が二人。一花ちゃん、二葉ちゃん。計、息子夫婦六人と七人の孫に囲まれ、お祖母ちゃんとこの家は幸せいっぱいみたいだった。もちろん、僕らも。

 お祖母ちゃんはお昼ご飯にお寿司の出前をとってくれて、おいしく食べ終えた僕たちは、号令をかけずとも自然に遊び始めた。親戚の上、全員が小学生だ。男女の垣根なく、みんな仲良しだった。


「はい、おれの勝ちー!」

「あー、またズルしたでしょ?」

「おい、やったなお前」

「しょうがない奴だな」

「ふふふっ」

「まあまあ、今度は僕が配るよ」

「お兄ちゃん! あたしがやるー!」


 みんなルールはバッチリ。トランプで色々遊んだあと、一段落したところで誰かが今度はかくれんぼをしようと言い出し、することになった。


 最初の鬼は僕だ。


 いーち。


 にーい。


 さーん。


 ……。


 数え終わった僕は家の中を探し歩いた。大きな家だけど、さすがに隠れる場所に限りがある。そう長くはかからないだろうと思った。

 僕はまず和室に入った。といっても古い家だからそのほとんどが和室だけど。

 小さな部屋だ。あるのは箪笥と姿見鏡。カーテンの裏はどうだろう? いや、無理かな。隠れるには狭すぎる。


「箪笥の中はさすがに入れないよねー」

 

 僕はそう独り言を言った。聞こえるようにわざと大きな声で。まったく詰めが甘い。洋服が箪笥のすぐ脇に積まれていたのだ。洗濯した服をしまう前とも考えられるけど、それにしては畳み方が雑。きっと急いで中身を出したんだ。

 僕は大きな足音を立て、部屋から立ち去ったようにみせかけ、こっそり近づき、勢いよく箪笥を開けた。


「みーつけ……え?」


 中に入っていたのは僕と同い年の三郎くんだった。

 さっきのトランプでズルをしたのも彼。だから、これも悪戯かと思った。


「ねえ、ねえ、やめてよ……ねえ……」


 でも違った。僕が笑っても、本気の声でやめてって言っても、三郎くんは目を開いたままピクリとも動かなかった。


 ――熱中症かも! 

 

 と、僕はハッと気づき、すぐに応急処置をしようと考えたけど、でも三郎くんの体は青白く見えた。冷たい。触らなくてもそう感じるほどに。やっぱり死んでいる。

 僕は初めて目にした死体に思わず尻餅をつき、後ずさりした。畳とズボンのお尻が擦れて熱を感じた。

 誰か呼ぼうにも声が掠れてうまく出せない。心臓が苦しい。こんな時は深呼吸だ。

 僕は大きく息を吐き、また吸い、唾を飲み込んだ。それを繰り返す間に彼がじゃーん! って笑顔で箪笥から出てきてくれないかなと願ってもいたけど想像したのは、その青白い顔のままぬらりぬらりと箪笥から這い出て、僕に迫る姿だった。

 やっと立ち上がれるようになると、僕は部屋を飛び出して、助けを求めに大人たちがいる居間にかけこんだ。


「ど、どこ……?」


 でもいなかった。お母さんもお祖母ちゃんもお父さんも伯父さんも誰も。

 どこかに出かけた? 子供だけを残して? ……わからない。でも落ち着いて、僕にできることをしよう。みんなを探すんだ。そうとも、従兄弟のお兄ちゃんたちならきっと何とかしてくれる。僕はそう判断した。

 そして居間から廊下に出た僕はまずどこを探すべきか考えた。で、思った。僕は馬鹿か。生真面目に一人ずつ探さなくても叫べばいいじゃないか。それに、もしかしたら大人たちにも聞こえるかもしれない。

 僕は息を大きく吸い込み、叫んだ。


「出てきて! 緊急事態! 死体! 死体があるよ! 誰か助けて! 誰か! えっと、火事だー!」


 いーち。


 にーい。


 さーん。


 さっきの名残で自然と数を数えていた。家の中は居間の時計の音が聞こえるほど静かだった。

 ……出てこない。僕が嘘をついていると思っているのかもしれない。これは罠だ、と。

 もう一度叫ぼうかと思ったとき、遠くで物音がした。さらに襖が開く音。そしてひょっこりと次々、従兄弟姉妹たちが顔を出した。

 どれも訝しげな表情だったけど僕は心底ホッとした。

 僕が状況を説明をすると、みんな不満げな顔のまま後についてきた。でも、その顔は死体を見るとすぐに青ざめた。

 女の子たちは震え、次郎くんは「なんで! なんで!」って壁におでこを何回も打ち付けた。みんな動揺しているんだ。でもそのうちの一人が奇妙なことに気づいた。


「全員いるよ?」


 確かに死体を除く七人全員がこの部屋にいた。

 でもこの死体の子は間違いなく僕の従兄弟で……。と、お互いの顔を見合って確かめても違和感はなかった。

 元々八人だった? なんてことあるはずがない。


「座敷わらし?」


 誰かがそう言った。僕らは少し考えたあと、この現象、それしかないという結論に至った。

 この中の誰かが座敷わらしで、そしてその子が……。

 でもそれが誰かはわからない。きっと妖術か何かで偽の記憶が作られているのだ。その証拠に靄がかかったように昔のことが思い出せなかった。


「遊びに入れて欲しくて一人……殺したのかな……」

「誰が座敷わらしか突き止めたら生き返ったり……しないかな」

「そんなの無理だ……三郎みたいに殺される……」

「怖いよお兄ちゃん……」

「大丈夫だよ」

「おねーちゃん……」


 僕らは怯えながら意見を出し合った。そして行き着いた答えは大人たちを探すこと。これは僕らの手に余る問題だった。

 でもそれは半分建前で、この家から早く出たかったのだ。そうすれば危険は何もない。そう思った。犯人はまだ僕らの中にいるというのに。


 家のすぐ横は大きなトウモロコシ畑だ。近所の人のもの、といっても田舎だからその家は遠いけど。毎年、大量におすそ分けを貰うらしく、僕らの家にもお祖母ちゃんが送ってくれたことがある。一粒一粒が大きく、独立した甘さがあった。品種と調理方法は……なんて今はどうでもいい。

 家を出て道を歩く僕らはそのトウモロコシ畑に一斉に目を向けた。

 ガサッと揺れたからだ。人だろうか……大人、そうだ、きっとみんな、収穫を手伝っているんだ。毎年貰っているんだもの。お礼を言った流れで手伝うことになったんだ。

 僕らは暖簾をくぐるように畑の中に顔を中に入れ、すみませーん! と声をかけた。でも反応はなかった。


「ねえ」


 後ろからした誰かの声で僕は顔を、体をトウモロコシ畑から離した。でもみんな横並び。後ろには誰もいなかった。


 今、誰が声をかけたの?

 

 みんなそう思ったようでお互い、顔を見合わせた。すると一人、姿がないことに気づいた。次郎くんだ。


「い、いやあああああ!」


 二葉ちゃんの悲鳴。その視線と差した指の先を目で追うと、トウモロコシ畑から二本の足が突き出ていた。

 一郎くんがトウモロコシ畑の中に入り、抱えるようにして外に出した。次郎くんは目を見開いたまま、事切れていた。


「お、落ち着いて、ほら大丈夫だから!」

「ああ、でもここから離れよう。そうだ、警察に電話!」

「そうだね、行こう」

「うん……」


 二葉ちゃんは泣き止むことないまま、一花ちゃんに手を引っ張られ、僕らはまた家に向かって走った。

 電話。警察へ通報。自分の弟が二人も死んだのに、そう言った一郎くんはさすが冷静だ。確かにこの周辺に何かいるのなら、それから逃れて町や人の多いところに行くのなんて無理だと思った。

 家の中に入った僕らは受話器を手に取った。


「……ダメだ。通じない」


「ね、ねえ、嘘でしょ……」


「え、一花ちゃん……二葉ちゃんが……」


 一花ちゃんの震える声。その繋いだ手の先にある二葉ちゃんは、まるで人形のように力なく俯き、折れ曲がった足首が床についていた。

 そして一花ちゃんが手を離すとゴンと床に頭から倒れた。


「そんな、い、いやあああ!」


 一花ちゃんの悲鳴で家がビリビリと震えた。

 死んだ。また一人死んだ。残りは僕と妹と一郎くんと一花ちゃんの四人だけだ。それなのにここにもう一人いる。でもそれが誰だかどうしてかわからないんだ。夢の中みたいに矛盾を指摘できない。やっぱり元々八人? いや、そんなはずはない……


「ねぇ! お兄ちゃん!」


 妹の声に僕はハッと顔を上げた。一花ちゃんが倒れていた。二葉ちゃんの隣。まるで添い寝するように。


「う、うわああああ!」


 一郎くんが叫びながら家から飛び出した。呼び止めたけど無駄だった。限界だったんだ。きっともう戻ってはこない。

 目を逸らすと遠くでドサッと何かが倒れた音がした気がした。


 僕は泣きだした妹の手をギュッと握り締めた。

 僕が、僕が守らないと。

 ……そうだ、この子が妹だ。

 じゃあそこにいる子は?


「お前は……」


 僕がそう言いかけるとその子は走り出した。


「待て!」


 僕はその背中を追いかけた。でも、すぐにその姿を見失った……かと思えば家の中を駆けずり回る音がした。まるで迷いの森の木々が遭難者を嘲笑うかのように、音がそこらじゅうからする。僕は辺りを見回しながら目を、耳を集中させた。すると、一瞬だけど人影が部屋の中に入って行ったのを見た。お祖父ちゃんの部屋だ。僕はすぐにその後を追った。

 でもいない。確かに今、ここに入ったはずなのに。僕は代わりに目に付いた小刀に手を伸ばした。学校の授業で使ったことがある。小さいけどこれなら……。

 鞘を外すと錆びた刃が姿を見せた。問題ない、刺せるはずだ。

 でも僕は愚かにもそこでようやく気づいた。

 右手に小刀。左手にその鞘。じゃあ握っていたはずの妹の手は?

 振り返っても妹はそこにいなかった。その時、ドアの外で一瞬見えた影。廊下を走る音。


「待て!」


 僕は小刀を鞘に納めて、叫び出したい衝動と妹の死体が脳裏に浮かぶのを抑え込み、その背中を追い、和室に入った。そして……



「お前が座敷わらしなのか?」


 僕がそう訊ねるとアイツはクスクスと笑った。

 許さない。楽しんでいるんだ。誰かが言ったように、こいつを殺せばみんな、元に戻るのだろうか。

 そうでないとしてもやる……やるしかない。本当は刃物をこんな使い方しちゃいけないけど大丈夫、やれる。僕は落ち着いている。

 ああ、凄く静かだ。ヒグラシだけが鳴いている。取り戻すんだ。みんなの声を。あの時間を。

 やってやる……ああ、やるってば。ヒグラシが五月蠅い、急かさないでくれ。落ち着くためにはそうだ、深呼吸を、ん……ヒグラシ?


 僕は和室の開いた窓から外に飛び出した。


「……まだ真昼間だ。ヒグラシが鳴くのはおかしい! それにあの雲! あれは巻積雲といって秋によく見られる雲だ! 今は真夏だ! ここは! ここはおかしい! 変だ! なんなんだよぉ!」


 僕は胸の中に溜まった鬱憤を言葉と一緒に空に向かって吐き出した。

 不動の空。照りつける太陽が僕を監視する人工物のように感じた。

 すると蝉の声もただの再生された音声で、風も扇風機のように一定の間隔で吹いているように思えたのだ。

 

 ここは

 

 あ。




「テスト終了だ! 電源を切れ!」

「は、はい!」


「クソッ結局失敗か! 誰だ! 雲や蝉なんかで気づかれやがって」

「す、すみません!」

「詰め込んだ知識データが仇となりましたね。まあ、子供の野外学習のためには必要なんですがね」


「それでもこっちが上手くやってれば良かったんだ!」

「そもそも脚本が……」


「しっ! 黙れ! お偉いさんの親族が書いた脚本だ。それにお前らもノリノリだったじゃないか」

「そりゃ、ストレス耐久テストにはもってこいと思いましたけど……」

「小刀を持ち出したのは良くありませんね。これじゃ購入者の子供を傷つける恐れがあります。

刃物を持って走らない、とプログラムが作動していたのはいいですけども。それに他のタイプはストレス耐久力が低すぎる。トラブルに直面した際、悲鳴なんて上げたら逆効果だ」


「はーあ! また見送りか。トモダチロボット。絶対売れるのにな」

「ふっー、来年の夏、間に合わせましょう……」

「あ、あの、商品名を座敷わらしにするって本当なんですか?」


「まあ、お偉いさんの提案だからな。多分、このテストの脚本を書いたってことで箔をつけたいんだろうよ」


 ――座敷わらしも大変だな。


 機能停止したそのロボットを見つめ、開発主任はタバコの火を消した。

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