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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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身に返る

「ああ、困ったな……」


「どうされましたか?」


「いや、それがその……え、なんで上、裸なんですか?」


「まま、それはいいから、どうしました?」


「え、いや、靴紐が切れてしまっただけなんですけど、あなたこそ、どう――」


「それは大変だ! 良ければ僕のをどうぞ。さあ、はい」


「え、あ、ど、どうも……でも、あの」


「いいんですよ、それじゃ!」


 と、その青年は片手を上げ、颯爽とその場を後にした。とはいうものの片方、靴紐なしでは歩きづらい。上半身裸なこともあり、周囲の目を引いている。だが、彼は満足そうだ。それには理由があった。


「お、どうされましたか?」


 彼はまた困っていそうな人を見つけると駆け寄り、そう訊ねた。


「ん、え、裸?」


「ははは、それはいいので」


「ええ? いやえっと、ほら、靴が壊れてしまって。それも両足……急いでいるのにまずいなぁ……」


「それは大変だ! 靴紐は無事なようですね。では僕の靴を差し上げましょう。おぉ、サイズもピッタリのようだ」


「いや、えと、あ、ありがとうございます……あの」


「いいんですよ。それじゃ!」


 彼はまたその場を素早く離れた。そのことも人に親切にすることも、もう慣れたものだ。どういうわけか、今日はこうしたことがよく起こる。

 初めは鼻をかみたいのにティッシュがないという青年。

 彼はポケットティッシュをあげた。

 次は財布を落として家に帰れないという子供。

 彼はなけなしのお金をあげた。

 その次はこれからプロポーズするというのに服が汚れたという青年。

 彼は着ていたシャツとジャケットをあげた。

 その次は……というように困っている人が彼の目の前に現れ続けるのだ。

 結局、彼に残ったのはズボンと靴下のみ。ベルトもあげたから、ずり落ちないようにするのがわずらわしい……と、漏らした? 困っている? さあ、このズボンをどうぞ。はい、これで靴下のみだ。といった風に、困っている相手に半ば強引に自分の持ち物を渡す彼もまたどこか自棄であり、彼はますますある想いに縋りついている。

 また誰か困っている人はいないかと目玉を動かしながら歩いていた彼。進行方向に警官の姿が見えたので彼は慌てて道を曲がり、公園の茂みに身を隠した。自棄になっているとはいえ、さすがにこの状態を警官に見咎められると自分が困ったことになることくらいはわかる。

 

 茂みの中で身を丸める彼は深く呼吸し、この余暇にこれまでのことを振り返る。

 偶然、靴が壊れた? それも両足とも底に穴が? で、たまたま自分の靴とサイズがピッタリ? 有り得るかそんなことが。それだけじゃない。都合よく、自分が助けられるようなレベルの困った人ばかりに出会う。これって、昔話にあるようなことじゃないか。つまり、後から自分が助けた人が恩返しに来るってお決まりのパターンだ。下心を出すのはいけないと思い、名前は名乗らなかったが、まあ、きっと恩はどうにか返ってくるだろう。

 そう思った彼はしめしめと笑った。……と、穴があき、親指が覗く自分の靴下を見下ろし彼はふと冷静になった。しかし、調子に乗り過ぎた。このままでは家に帰れない。走っていくのも距離が……。


「いっ!?」


 彼は突然、背骨の辺りに感じた痛みに声を上げた。次いで後頭部、また背中、振り返ると石が顔を掠めた。

 彼の背後にいたのは数名の恐らく小学生であった。なぜ石を投げてくる、なんてことはわかりきったことだった。


「変態!」

「やっつけろ!」

「不審者!」


「い、いたっ! おい、やめ、あ! き、君たち! 靴下に穴が空いていたりしてないかい? パンツはどうかな? 良かったらお兄さんのを」


「なんだよこいつ……」

「気持ち悪い、逃げろ!」


 走っていく小学生の背中を名残惜しそうに見つめる彼。

 ああ、行ってしまった……。どうせなら全部譲り渡したほうが効果がありそうなのに。と、まずい。人目を引いてしまった。そう考えた彼は公園を後にした。少し歩くと知らない男から声をかけられた。


「うわ、そこのお兄さん、大丈夫かい? 良かったらこれ、ま、ジャージだけど買ったばかりの新品だから――」


「ああ、結構です!」


「あ、おい!」


 冗談じゃない。ここまで恩を売りに売ったんだ。見知らぬ人から恩を受けたら全てが台無しだ! と、彼は男から離れる。

が、放ってはおけないのだろう。男が後を追ってきた。


「大丈夫じゃないだろ! 色々と!」


「押し付けがましいぞ!」


「ああ、おい、危ないぞ! 前! あ!」


「え、あ――」





「…………あ、あ、こ、ここは?」


「気がついたかね。私の家だ」


「え、と、すごく、立派な部屋……」


 衝撃の後、意識を失い、そして取り戻した彼がいた場所は思わず口を突いたほど、立派な部屋。相当広い家に違いない。

 彼がいるベッドの脇の椅子に座るその男も気品があり、家主に間違いなさそうであった。 


「はっはっは、まあね。おっと、誤解してはいけないよ。君を車で撥ねたのは私じゃない。私は目撃者さ。私の家が近くにあったのでね。治療のために君をここに運んだというわけさ」


「車、ああそうか。そうでした……」


「大丈夫かい? どこか痛むのかい?」


「ああ、いえ……」


 彼は車に撥ねられたことよりもこうして恩を受けてしまったことに落ち込んでいた。

 が、もしかしたら、これが恩返しの始まりでは。たとえば、娘さんが自分に一目惚れして、それで跡継ぎとかに……。そう考えた彼は男に訊ねた。


「つかぬ事を伺いますが、娘さんはおられますか?」


「い、いや、いないが……。裸で走っていたことといい、目覚めたばかりで女を求めるとは元気が有り余っているようで何よりだ。いや、結構結構」


「いや、別にそういうわけじゃ……はぁ……」


 どうやら違ったようだ。じゃあ、これまで苦労はこれで帳消しだろうか。と彼はため息をついた。が、ふと思った。


「ん? でも、なんで病院じゃなく、ここに?」


「……実はね。君にはお願いがあってね。君の臓器を頂きたいのだよ。私のは調子が悪くてねぇ、そのために病院ではなくここに。これもまた巡り合わせって、なんだその嬉しそうな顔は……さ、触るな! やはり貴様、変態か! ああもう帰っていい! 変態のなんぞ反吐が、うわ! やめろ! 放せ! もう帰れ! ええい、放せええええ! ああああああぁぁぁぁぁ!」

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