潤う潤う
快晴も快晴。これまでで最高にいい天気、というわけでもないだろう。よくある晴れた空だ。でも、都会じゃ、立ち止まり空を見上げるなんてことはできない。行き交う人にぶつからないよう前かそれか下、薄汚れた地面を見た覚えしかない。
そして、違うのは視界だけじゃない。岩場に打ち付ける波の音。潮の匂いの中から顔を出す花の香り。
「うおおおおぉぉぉ!」
思わず声を漏らした、いや叫んだおれを先輩ボランティアたちがクスクス笑う。おれもへへへっと照れ笑いし、頬をかく。どこか可愛い後輩を演じているようで、これまた恥ずかしいが、周りもそれを望んでいる気がしていたので、そうすることにしている。
「気に入ったようだね」と年配のボランティアリーダーが笑みを浮かべ、話しかけてきた。
「はい、でもまさか地元にこんな良い場所があったなんて!」
「そうだろ、そうだろ。海を一望できる崖の上、そこに一面に咲く花畑。これが我らが町のホットスポットさ!」
「いやー、いいっすねぇ。こんなところがあったと知ってたら、もっと早く地元に帰ってきてたのになぁ」
「知らないのも仕方ないさ。危険だから長年、誰も立ち入らないようにしていたからね。でも今の世の中、観光ブームだからね。転落防止に柵を設置して、数年前から解禁したと言うわけさ」
「そのおかげで僕が出て行く前よりも町がかなり活気付いているように思いますよ。正直、驚きましたもん」
「ふふふ、まあね。いやぁ、我々のような年寄り連中は変化を恐れ、嫌がっていたけど、いざやってみるといいもんだ。っとそろそろ始めようか」
「はい!」
「良い返事だ。若いボランティアが入ってきてくれて助かるよ。後継ぎが必要だからね」
パワハラ上司と馴染めない都会の雰囲気に打ちのめされて地元に帰ってきたおれはボランティアなんて……と、親からこんなのがあるわよとチラシを見せられたときは思ったが実際、悪い気分じゃない。それにいくらか謝礼も出るらしい。
この場所目当てに町にやってきた観光客が金を落とすので相当、潤っているのだろう。落とすのは金だけじゃなくこのゴミもだが。まったく……。
「おーい、こっちこっち」
ビニール袋にひたすらゴミを拾入れていると、リーダーがおれを呼ぶ声がした。林の奥だ。テレビなどの不法投棄だろう。さっき、ここに来る途中、車の中でそんな感じの話をしているのを耳にした。若い力の見せ所だ。
花畑から離れ、日が陰る林の奥へ。潮の臭いも薄れ、湿った土と緑の匂い。
種子が風で飛ばされてきたのだろう、花畑に咲いていたのと同じ花が所々に咲いていた。
向こうほど日当たりは良くなさそうだが別に変りなく、香りも……なんだ? 吹いた風が運んだ腐敗臭におれは鼻を摘んだ。
「……えっと、リーダー?」
「っと、よしっと。ふーっ」
「なん、なな」
「お、来たね。じゃ、さささっと穴を掘っちゃおうか。臭いからね」
「いや、これ、し、死体」
「うん? ああ、首吊り。自殺したんだね。切って落としたあと、枝に残ったロープも回収し忘れないのがポイントね」
「いや、勝手に降ろしちゃまずいんじゃ……警察を……」
「ははははは! 警察なんて呼んだら観光地の名に傷がつくじゃないか! 景色が綺麗なことだけが売りなのに観光客、気味悪がってこなくなっちゃうよ! そうなったらそれこそ首を吊る町の人が出てくるんじゃない?」
「そ、それはそうかもしれないですけど……」
「さ、掘って掘って! 若いんだからさ!」
「は、はい……いや、でも、ん、それは?」
「ああ、花の種だよ。せっかくだしね。ここは少し奥まっているけど、そのうち木を伐採してここまで花畑を広げるかもしれないからさ。広くなったら出店とかもできるしね」
花……。ここに来るまでに咲いていたのも。もしかしたらあの花畑の下にも……。
「迷惑な話だよね。最後は美しい場所で死にたいだなんてさ。勝手も勝手、お、これは君にあげるよ。ほら、謝礼さ。たまにあるんだよね」
そういうとリーダーは遺体のポケットに入っていた財布から紙幣を抜いて、おれの手に握らせた。
「観光客様様さ! お金を落とし、町が潤う潤う!」
リーダーが笑い、他のボランティアたちも笑った。どうやらこれが決まり文句らしい。
潤う潤う。彼らはそう口ずさみながら穴を掘っていく。カルト宗教団体のように。張り付いたような笑顔で。
ああ、潤う潤う……。




