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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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異変

 カーテンが風で揺れ、そこから抜け目なく差し込んだ外灯の明かりが壁にあるネジを光らせた。

 あのネジは掛け時計を引っ掛けるために私が壁に刺したものだ。

 だが時計は外した。不愉快な音を立てるからだ。気になって眠れやしない。

 そして残ったあのネジ。僅かだが今、動いた。

 気のせい。そうではない。これまでも何回かあった。朝起きて確認すると確かにネジ頭部の穴の向きが変わっているのだ。

 押し出されている。壁から。その傷を治そうと、体が異物を押し出すかのように。

 ああ、馬鹿な考えだ。これが症例一。こうして書き出せば、何かがわかるかもしれないと思って私は書き記している。転じて遺書にもできるしな。

 ……今のは質の悪い冗談だ。忘れよう。


 次もまた夜中のことだ。寝ようと目を閉じてから少し経った後、聞こえた咳払いのようなもの。

 無論、私のものではない。一人暮らし。マンションではあるが壁は薄くない。それにこの部屋でしたことは明らかだ。野太い声でボソッと呟くようなときもある。

 ベッドから飛び起きて辺りを見回しても何もいない。実はベッドの下に……なんてこともない。そもそも隙間がないタイプだ。

 これが症例二。


 そして症例三。家具がほんの少し動いているのだ。

 キャビネット。電気スタンド。ベッドもだ。ほんの僅かだが、事前にペンで印をつけておいたから間違いない。


 全ては私の妄想。勘違い。それで片付けられたらどんなにいいことか。

 いや、良くはないな。自分の頭がイカれてるなど。

 しかし、私は自分が正気だと自覚がある(狂人もそうと思っているかもしれないが)ストレスはあるがそれなりに、だ。常人と変わらない。


 では、これが私の妄想などではなく実際に起きていることだとしたら? それも何か不可思議な力……霊などの。

 だとしたら私に何ができる。ただ引っ越すことぐらいか。それとも塩でも盛るか?(馬鹿馬鹿しい! なしだ! この文は後で見返した時にでも横線を引くことにしよう。)

 私がイカれているとしてもう一つのパターンがある。それはこの部屋で起きていることは事実であり、それを私自身が行っているというものだ。

 ネジも私が摘んで壁から少し抜き、家具をほんの少し動かし、ははははは、自分の咳払いに驚いている。

 夢遊病、それならまだ救いはある。それか二重人格、いや精神分裂病と言ったほうがいいか。何にせよ私の体が意識の外で動いている。おぞましき可能性だ。

 だがそう考えると、幽鬼のような自分の姿が浮かび上がってくる。ああ、辻褄は合う。

 しかし、それらがこの部屋でのみ起こるならまだいい。

 もし、外で起きたら? 知らぬ間に人を殺していたら? あってはならないことだ絶対に。

 しかし、そう思えることが、私が常識的な考えを持っているということで少し安心する。

 あくまで「まだ」だが。



 ここからの記述はこれまでと日にちがあいている。それはなぜか。仕事が忙しかったのもあるが、特にこれといった事が起こらなかったからだ。

 ではなぜ私はまたこうして書いている?

 起きたからだ。とうとう恐れていたことが。


 私が夜道を歩いていると、ほんの一瞬、視界が黒くなったのだ。

 そしてその間に、あるいは後か「きゃっ」という女性の悲鳴が聞こえた。次に男の怒号。

 私の視界と意識がクリアになったときには腕を掴まれていた。見かけからして相手は警官ではない。私同様、仕事帰りの会社員のようだ。そして、近くにはうずくまる女性が。

 私は腕を振り払い、走った。

 一体何が起きたのか。熱い。体が熱い。それは走っているからじゃない。私の股間についているモノが硬く、熱を帯びていたのだ。

 私は何をしようとしていた? 街中で、人目がある中であの女性に対して。


 家に戻った私は便器の中に顔を突っ込み吐いた。

 便器のフチに顎がついたが別に良かった。何なら思い切り叩きつけてもよかった。そうすることで僅かでも贖罪になるならば。

 しかし、その思いは吹き飛んだ。吐瀉物が便器の水と混ざり合う中、何かが動いたのだ。

 私は手を突っ込んでそれを救い上げた。

 手のひらでウネウネ動くそれは細い、ミミズのようであるが、その先端には目が一つ、ついている。

 メダカの目ほどの大きさだ。これまで見たことのない、嫌悪感を抱く生き物だった。私が黙ったまま観察していると、それは素早く私の手のひらから裏側に回った。

 油断していた私は慌てて手をひっくり返した。その勢いで手のひらに乗せていた吐瀉物がピシャっと壁と床についた。

 裏側。手の甲にはあの生き物がいなかった。

 幻だったのだろうか。そうでないとすれば寄生虫。

 だが心当たりはなかった。川、山、海、どれも行った覚えはない。


 ……いいや、私はわかっているはずだ! あれがそこらの寄生虫ではないことが!

 私のモノの先端にあった疼きが体の中へと戻って行った時のあの感覚。それはあいつらが外に出る機会を見送ったということではないか?

 奴らは私の体の中にどれだけいる? そして私、私は、私という者はどれだけ残っている? いつ失う?

 全て妄想かもしれない。精神科医のもとに行き、適当な薬を貰う。恥じることではない。


 しかし、私はロープを手にした。精神科医にかかかる猶予はない。その必要も。そう確信があった。

 奴らが体の中で騒いでいるのを感じる。

 チカチカと視界が点滅する。大脳から下った指令を盗み読んだ奴らが慌てふためいているのだ。

 だが、この体を渡す気はない。私は私のまま、死ぬのだ。

 ……結局、遺書になってしまった。だがこれで良かったのだ。


 ロープを吊るし、私は椅子の上に立った。そして、その輪に首を通す。

 ひどくなっていく足の震えは私が恐れているからじゃない。奴らが恐れているのだ。

 私は椅子から飛び降り、そして後ろ足で蹴った。

 もう後戻りはできない。奴らもそれを察したのだろう。慌しく皮下が蠢いた。

 そして、目が合った。

 私の腕、手に無数の目が。

 そのおぞましい奴らは本のページを少し捲るように私の皮膚を捲り、目を出していたのだ。ほんの小さな切り傷にも満たない筋からから。

 思えば手の甲に回ったやつもそうやって小さな切りこみから体内に戻っていたのだ。

 そして奴らはまるで沈没する船からネズミが逃げ出そうとするように、私の体から這い出て行った。

 すさまじい濁流だった。爽快感すらある。

 思えばこの部屋で起きた妙な異変は奴らの試運転だったのだ。最終的には性交し、そして宿主を増やす。それが奴らの目的だったのだ。

 それも、もう終わる。床でのたうつ奴ら。苦しんでいるのだ。さあ、宿主なくしてどこまで生きられる?

 まあ、私よりは長生きだろうが。ああ、これは良い冗談だった。




 気づいた時には私はベッドの上にいた。

 そう、生きている。

 だから私はこうしてまた書いているのだ。

 夢ではないと確認するために首を吊るところから記憶を辿り、一連の流れを書き出しているのだ。

 そのお陰で確信が持てた。あの縄の感触、苦しみ、ジンとした痺れ、意識が遠のく感覚、皮膚のうねり。

 私は確かに首を吊った。

 しかし倒れた椅子は元通りの上、吊るしたはずのロープは消えていた。

 だが、それは奴らが証拠隠滅したに過ぎない。

 しかし、ただ一つ物的証拠が残った。

 首にハッキリと残った縄の痕だ。

 つまり……それは……。私は死んだ。では私は何だ?





 久しぶりの記述になる。あの日以来、妙な異変は起きなくなった。

 奴らは消えたのか?

 だとしたら私を助けたのは誰だ?

 奴らか? 何のために? まだ狙っているのか? 今はただ体の中で大人しくしているだけなのか?

 考えようとすると妙なまどろみにの中にいるような気分になる。

 それは恐らく、脳から快楽物質が流れているのだ。

 私が思うに、これは着床だ。

 精子が我先にと卵子に辿り着こうと競い合うのと同じで、奴らは私の脳を目指していたのだ。

 目まで上り、視界を黒く染めまでしたが、あの首吊りでその殆どが出ていった。ただ、根性があるのが一匹残り、脳の奥深くまで辿り着いた。

 なあ、そうだろう?

 そこにいるんだろう?

 ああ、出てきたいい気分だ。かんがえるなってーー?

 あーーーーーそれでいーいいーいのかもしれないこれできじゅつはおわりわりわりせっくすせっくすせっくせっくすああもうおしまーいーーーあーあ

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