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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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善良なる子供たち

 いつ頃から彼らを見かけるようになったか。多分、春頃だと思う。そう、出会いの季節。暖かな日差しの朝。あの日、私はあの少年に出会った。


「これ、落としましたよっ」


 そのあどけない声に振り返ると、その笑顔の眩しさに思わず目を細め自然と口角が上がった。視線を下げると、少年の手のひらに乗っていたのは私のハンカチ。両腕と指がピンと伸びた、なんとも丁寧な渡し方だ。

 視線をまた上に。可愛らしい笑顔から全身へとピントを合わせる。気になったのは少年の格好だ。

 ボーイスカウト。珍しいな。そう思ったが、通勤中だ。しかもスーツを着ているとはいえ、いい歳した独身の男が、見ず知らずの子供にそう話しかけるものじゃない。ゆえに、お礼を言い、受け取ってまた歩き出したのだが、よく見れば野良猫のようにそこらにチラホラ同じ格好の子供がいるではないか。

 何かのイベントだろうか。『街中で人に親切にしよう週間』的な。

 だが、一週間どころか数ヶ月経っても彼らを見かけた。それもそこかしこに。さすがに夜はいないようだが、曜日関係なく、朝から夕方まで街中で奉仕活動に勤しんでいるようだ。

 子供だけで大丈夫だろうか? そう考えるのは私だけではないだろう。世の中良い人間ばかりではない。変態に悪戯、最悪の場合攫われるんじゃないか? と思ったが、たくましいもので仲間同士連携し不審者を捕まえ、警察に引き渡したと、そう近所の一人暮らしのおばあさんが活き活きと教えてくれた。

 そのおばあさんとは朝、通勤中に目が合えば挨拶を交わす程度の関係だが、その時の笑顔は初めて見るほど明るいものだった。どうやらボーイスカウトたちを孫のように可愛がっているらしい。それもまた彼らの活動なのだろうと私は思った。

 そして、喜んでいたのはそのおばあさんだけではない。他の住人、商店街の人々。彼らの活動は路上の掃除や進んでしてくれるちょっとした親切だけではない。ハガキをポストに投函、荷物持ち、図書館に本の返却など、頼めばなんでも手伝ってくれ、彼らはこの町の住人みんなを笑顔にしてくれたのだ。

 しかし、謎は多い。一体なぜ急に? いや、それはいいがどこの子でどこの団体なのか、平日の昼間なのに学校は? と聞いてもはぐらかされてしまう。不登校児の社会復帰……とこちら側で納得する理由を見つけてしまえば、そう強く訊けない。だが、指導者は、大人はどこにいるのだろうか? 他に理由があるとすれば企業のPR活動か。と、疑問に思うのはみんな同じ。マスコミが嗅ぎつけるのも自然流れ。

 カメラとマイクを向け彼らにインタビューをした。すると一人の少年が平然とした顔で言った。


「実は僕たちはロボットなんです」


 ははははは、可愛らしい冗談だ、と笑う間もなくその少年はマスコミの目の前でヒョイっと自分の頭を外して見せた。

 その場でヒィッと軽く悲鳴が上がった。恐らく、放送された映像を見ていたテレビの前の視聴者も同じように悲鳴を上げたことだろう。

 そしてニュースは広まり、『闇の秘密組織が差し向けた悪の手先だ』『宇宙人が情報収集のためによこした偵察機だ』などと幼稚な陰謀論など様々な憶測を呼んだが、この町のほとんどの住人は態度を変えなかった。

 彼らの優しさは知っている。相手が宇宙から来たロボットだろうが関係ない。実際、地球上のどの企業にも彼らのようなロボットを開発、しかも量産できる技術はないから宇宙から来たのは間違いなさそうだが、ロボット。いや、むしろそれはそれで遠慮しなくていいではないか。疲れを知らない、何なら人間よりもずっと優れている。

 そこに目を付けた政府や企業が研究、量産目的で彼らの一人を捕らえようとしたが、どうやら仲間同士で通信できるらしく、不審者退治の件と同じく連携、あっけなく阻止された。

 尤も、一人でも大人を片手で持ち上げられるほどの力があるのだ。勝てる見込みはなく、またそのことが表沙汰になると批判もあり、敗走するしかなかった。


 その後も少年たちはせっせと働いた。ロボットということがわかってからは前述に加え、部屋の掃除や料理、買い物など、人間の子供を部屋に入れるのはさすがにマズいという遠慮をする必要もなくなり幅広い要望を、そして彼らはそれを見事に応えて見せた。

 だが、それをニュース番組でただ見ているだけの者は面白くない。この町だけズルいと抗議の声が市長に殺到するほど彼らを欲してやまなかった。

 市長がその事を彼らに相談すると次の日には希望した町にも彼らが現れるようになった。

 

 そうなったら海を越え、世界中に広がるのにそう時間はかからなかった。

 勿論、警鐘を鳴らす者もいた。それも当時は一笑に付されたが、もうただの陰謀論などと笑ってもいられない。現実的に今なら国の中枢を占拠するのも可能かもしれない。気づけば彼らは数えきれないほどに増えたのだ。


 そしてある日、彼らのために大規模な表彰式が執り行われた。

 地球人に尽くしてくれていることへの礼だ。小規模なものはこれまで何度も行われてきたが、ここらで人間側も盛大に誠意を見せようというのだろう。尤も、抑えられないほど民衆からそういった声が上がったからだが。

 各国の政府のトップが参加し、壇上に現れた彼らを拍手で出迎えた。


 彼らの代表がマイクの前に進み出る。抑揚をつけ感謝の意を述べた後、言った。


「みなさんはどうして自分たちがこんなにも親切にされるか疑問でしょう。そういった質問がこれまでも数多くありました。いい機会ですので、今日はそれについてお答えしようと思います!」


 会場がざわめき、カメラのフラッシュが飛ぶ。誰もが空気が変わるのを感じた。

 ついに侵略宣言か。彼らを作れるほどの技術力を持った、恐らく宇宙人のその真の目的。偵察部隊。工作活動。友好的だと思わせ油断させて数を増やし……という作戦だったのだ。

 皆、険しい顔で身構えた。中には絶望的な未来を想像したのか顔を覆う者も。


「実は……地球は選ばれたのです! 宇宙遺産に!」


 少しの間の後、オオオー! と声が上がった。

 進行役が周りの視線に促され、質問する。


「そ、それは世界遺産的なものなのでしょうか?」


「その通りです! 僕らはこの星の環境保全のために送られてきたのです!」


 それを聞いて皆、胸を撫で下ろした。

 それに誇らしい気持ちにもなった。なるほど確かに地球は青く、美しい星とは思っていたが宇宙中に認められるほどだったのか、と。

 嘘と言うわけでもなさそうだ。もはやわざわざ、そんなことしなくても彼らが本気で侵略しようものならそれを止める術はないだろう。勝利宣言するのにもってこいのこの場を逃すはずがない。


「ですので、これからも僕たちがみなさんの生活をサポートします! 更に大規模な増員もします!」


 会場は拍手の渦に。


「僕らが一人、一人お傍につきます! 安心してください!」


 スタンディングオベーション。泣きだす者までいる。


「なので、車は禁止です! 僕らが背中に乗せて空を飛んで運ぶから大丈夫! 他にも環境に悪いことは全て禁止です!」


 拍手がまばらに、やがて完全に無くなった。頭の中にある疑念が浮かんだからだろう。


 我々も地球の一部。恐らく駆逐されることはない。

 しかしだ、今後一生管理されるのか。世界遺産のように大事に、変わらないように。

 一人につき、一体。傍を離れず数が減りすぎないように、また増えすぎないように見守り続ける……。


 私は視線をテレビから横に座る少年に移した。

 少年も私を見つめ返し、ニッコリ笑った。家から追い出そうにも力では敵わない。

 それにもう手放す気にもなれないのだ。この便利さを知ってしまった今では。

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