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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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見知らぬ女

 夜中、ノックの音がした。ただし、ドアからではなく窓から。

 壁から離れ、窓に近づく。すると、カーテンのその向こう、催促するようにまたもノックの音。

 僕はゆっくりと、まずカーテンを開けた。

 そこにいたのはこのアパートの隣の部屋の女性。酷く怯えているように見える。


「たす、助けてください。うちに、うちに……」


 窓を開けると、彼女はすがりつくように僕の腕を掴みそう言った。

 その手から震えが伝わり、彼女の恐怖が流れ込んで来るかのようで、僕もまたゾワリと震えた。


「まずは落ち着いてください、虫でも出たんですか?」


 僕はあくまで冷静に、和ませるため冗談のつもりでそう言ったが彼女はただ首を横に振った。長い髪がなびき、良い香りを放った。


「そ、それが、多分、人が」


「多分、人?」


「も、もしかしたら、幽霊かも……」


 夢でも見たんじゃないですか、なんて冗談はもういらないだろう。とりあえず、と彼女を部屋に上げた。温かいココアをサッと振舞うと少し落ち着いたようで、彼女は経緯を話し始めた。


「夜中、私、目を覚ましたんです……。なんか変だなって、違和感があって、それで瞼を擦りながらベッドから起きて辺りを見回すと、す、すぐそこに女がいたんです!

ボサボサの髪で、ひらひらした白い服……。あ、頭をグルグル回しながら立っていました。

それに時々、ダン! って足踏みもするんです。多分、その音で私、目を覚まして……ああぁ……」


「それで、こちらに避難してきたというわけですね?」


「は、はい……今更ですけど夜分遅くにすみません……」


「構いませんよ。隣同士ですし助け合わないと。それで、慌てていたから携帯電話をもってこなかった、と」


「……はい」


 彼女は震えながら自分の肩を抱いた。着の身着のまま。白いネグリジェがふわっと揺れた。


「よし、じゃあ、僕がちょっと様子を見てきましょうか」


「はい、あ、でも警察を……」


「いえ、さっき貴女はこうおっしゃったでしょう? もしかしたらその女、幽霊かもしれないって」


「は、はい……変ですよね。そんなの」


「ま、いないとも言い切れないし、様子を見るだけならすぐ済むことですから僕に任せてここで待っていてください。

警察を呼ぶのはその後でも遅くはないでしょう。貴女を疑う訳じゃないけど夢ということもありえますから」


「は、はい! じゃあ、お願いします……」


 窓を開け、ベランダ伝いに彼女の部屋の前に来た。

 彼女の部屋の窓は開いたままだ。よほど怖かったのだろう。

 中に入るとあの髪の毛の匂いと同じ、良い香りがした。そして部屋の中では彼女が言った通り、確かに女が頭をグルグル回している。白いボロ切れみたいなワンピースを着て、裸足で足踏みをしている。


「ど、どうでしょうか?」


 突然の声に僕は思わずビクッとしてしまった。か細い、彼女の声。後ろからだ。振り返ると、部屋で待っているように言ったのに顔を覗かせている。僕はゆっくりと後ずさりし、ベランダに出た。


「僕にも見えました。恐らくですが、あれは人間でしょう」


「じゃ、じゃあ泥棒?」


「と、言うよりは頭のおかしな奴でしょう。はぁ。どれ、追い出してやりますよ」


「だ、大丈夫でしょうか? 刺されたりとか噛まれたりとか……」


「大丈夫、これでも結構強いですから」


 彼女に頼れる男をアピールしたところで僕は部屋の中に戻り、ズンズンと女に近づき、肩を押してやった。

 女は無反応。変わらず頭を振り続けている。その振り乱す髪の毛から発する匂いは、彼女のものとは雲泥の差だ。加齢臭と若干のアンモニア臭。不快な気分になった。

 そのまま体を押し、玄関へ追いやる。ドアを開け、ポンと押し出し鍵を閉めた。


「こんなもんですよ」


 振り返り、部屋に戻ってきた彼女に笑顔を向ける。彼女もまた、ほっとしたようで笑顔で返してくれた。

 僕はごく自然と彼女を抱きしめようと手を伸ばす。が、止めた。これは。


「サイレンの音……え、もしかして警察を?」


「はい、念のため。お部屋にあった携帯電話をお借りして……でも必要なかったですね。あ! でもあの変な人を捕まえてもらったほうが安心ですね」


 カンカンとアパートの階段を上がる音。どうやらもう到着したらしい。インターホンが鳴った。

 彼女が突っ立たままの僕の横を通り、ドアを開ける。


「どうも、こんばんは。えーでは、この方はこちらで一旦引き取りますので、ん? おや? もう引き取りに来たんですか?」


「え、はい?」


「ん? 後ろにいるその方、こちらの女性の息子さんですよね? 前にも自分が担当したことがあって、どうもこちらのお母さん、施設を抜け出して、前に住んでいたアパートの部屋に戻ってきてしまうらしくて夜中に知らない女がドアを叩くと何度か通報が……」


「息……子?」


 彼女が僕を見る。

 僕はその目に背を向けベランダに出た。母が昔住んでいたこの部屋の合鍵をまだ持っていることも、それを使って施設からわざわざ連れ出した母をこの部屋に入れたこともすぐにバレてしまうだろう。

 僕は月を見上げた。計画ではこれをきっかけに仲良くなった彼女と見上げるはずの月。今は一人……いや、足音でわかる。後ろから警官が来る。

 僕はため息をつき、彼女のあのいい香りを思い返そうとした。けど、甦るのは母の臭いばかりだった。

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