靴跡
「なに、これ……?」
玄関のドアを開け、家に入った少女はそう声を漏らした。
父親のものではない。知らない、大きな靴跡。泥がこびり付いているようだが、驚くべきはそのことではない。家の中まで続いているではないか。
これはただ事ではない。そう感じた少女は玄関の傘立てにあった傘を握ると伝説の剣の如く引き抜いた。
少女は剣道部。腕に覚えはあった。とはいえ、恐ろしい。静かに、音を立てずに家の中を進む。
靴跡は二階に続いていた。少女は息を呑み、さらに慎重に進む。
二階に上がり、目で靴跡を追うと視線がドアにぶつかった。少女は込み上げてくる怒りに軽く歯を食いしばった。そこは自分の部屋なのだ。
……まだいる。確実に。ドアに近づくと中から物音がした。
少女はふっーと息を吐くと一気にドアを開けた。
中にいたのは作業服を着た男。少女を見てギョッとした顔をしている。
一瞬、少女の頭に修理業者か何かかという考えも浮かんだが、やはり土足はない。キッと睨みつける少女。が、少女が問うよりも傘を構えるよりも先に男が口を開いた。
「だ、大丈夫だ。じきに、お祓いをやってくれる人が来るからね」
男はそう言うと手を合わせて少女を拝んだ。
「……は? なに言っているの?」
「……君は、いや、君たち一家は死んだんだ」
「そんな、は?」
「覚えていないのか? 家に侵入してきた男に殺されたんだ。あ、頭を殴られて。状況から言えば今と似ているな。
まあ、俺は解体業者だがね。でも、事故が頻発するんでお祓いの人を呼ぶことにしたんだ」
「そうだった……かな?」
そんなことありえるの? これはそういう話? 死んだ? 本当に? と、少女が自身の記憶を呼び起こす、ほんの少しの間。
突然、男が開いていた窓から外に飛び出した。
そして、間もなくしてうぐっ、と着地の際、足を痛めたような声がした。そしてドタドタと慌ただしく道路を走る音。どうやら逃げて行ったようだった。
いや、幽霊だからってそんなに恐れる?
と、少女が滑稽に思いつつ、窓に駆け寄り外を覗いた時、ちょうど男から何かが落ちた。
郵便ポストの形をした貯金箱だ。貯金箱は道路に転がり派手な音を立てた。少し割れ、零れた中身が街灯の光に反射し、キラッと光った。
その様を見て、唖然とする少女は思った。
そう、あの男は泥がつくような仕事。
泥棒だったのだ。
……くだらない。
と、少女は顔を拭い、ふふっと笑った。
良かった、やっぱり死んでなんていなかったんだ。そうよね。泥棒が一瞬の隙を突くために機転を利かせただけ。
少女は記憶を辿るのをやめ、部屋を見渡す。だが、もう乾き、床のカーペットに滲んだ血の靴跡に気づくことはなかった。
窓の下では警察によって張られた規制線が風に靡いて、音を立てていた。




