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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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巻かれる

「だーかーらぁ。長いものにはね、巻かれてればいいん・だ・よ」


 おれの肩を二度軽く叩いた係長。その顔面にこの拳を叩き込めたらどれだけ気持ちがいいだろう。と、おれは思った。何度か真剣にイメージしたこともある。まず膝だ。膝。膝蹴りを腹に入れてやり、と、無駄。現実はそうはならない。離れていく足音。係長は滑稽なほど手をニギニギと合わせながら上司の後についていく。廊下で一人、立ち尽くすおれは硬く握った手を解き、その背中を睨むことしかできなかった。


 だが次の日、課長に呼ばれてデスクまで行ったおれは舌を巻き、我が目を疑った。


「か、係長……?」


「何を寝惚けているんだ? 私は課長だぞ。そんなことより――」


 課長の話はまったく耳に入ってこなかった。なぜなら課長の首にはマフラーのように係長が巻かれていたのだから。

 ぎゅっーと潰してから一気に伸ばしたみたいにぺらっぺら。でも相変わらずニヤついた顔でおれを見てくる。健在というわけだ。「ほらぁ、頭を下げてぇ、角度気をつけてねぇ」などと聞こえてきそうだ。

 これは夢……ではない。じゃあ幻覚だ。周りの連中の反応からして、おれにしか見えていないみたいだ。

 ストレスだろうか、だろうな。それは間違いない。ここの主任を任されてからというものひしひしと感じている。若いおれに追い越されるのが嫌なのかネチネチと係長のやつが、とそう、偶然にもその係長は今日、まだ来ていない。いや、だからなんなのだ。あるわけがない。ただの偶然だ。


「いいかね! 目標は高く、大きくだよ君ぃ。目指さないとぉ!」


「はい……」


 クドクドと管を巻いている課長も明日には誰かの首に巻かれているんじゃないか? 上司とか取引先の偉い人にでも。

 そう思うと滑稽染みて頭に話が入ってこなかった。

 

 ……とか思っていたら案の定だった。翌日。課長は次長の首に巻かれていた。それも課長には相変わらず係長が巻き付いているせいで交尾している二匹の蛇を首に巻いているかのようであった。課長のほうが少し大きい。雄、いや大きいのは雌のほうか? いや、そんなことはどうでもいい。

 やはり、おれにしか見えていないようで誰も気にしない。次長当人は『なんだか今日は暑いというか息苦しいなぁ』なんてしきりにボヤいている。課長をマフラーのように巻いているのだから当然だとおれは思ったがまさか指摘できるはずもない。やはり、ストレス。おれの頭がおかしくなったのか。


「……おい、何をボッーとしてるんだ! 話を聞いていたのか? 前から思っていたんだが、君は人を敬う気持ちというものが足りないんだよねぇ。若いのはなぁ、はぁーあ。まったく……ほらぁ、いつまでも突っ立ってないでさあ、仕事に戻って!」


「はい……」


 と、見ていたら呼びつけられ、説教を食らってしまったが、これはおれが悪いと言うよりは係長と課長が欠勤しているから普段よりも気合が入っているらしい。ここでみんなに有能さをアピールしようというのだろう。

 だが、おれは思う。そんなに息巻いてもどうせ……。


 と、やはりだ。翌日。次長は部長の体に巻かれていた。まるでサラシだ。薄く広く。当然、係長と課長も一緒に巻かれていた。

 と、なると次は……と、おれはこの現象が面白くなっていた。本部長、常務に専務、そして副社長と巻かれていくたびに大きくなっり、まるでアスパラガスなど、肉巻き料理。自覚はないようだが当人は苦しそうだ。

 次はいよいよ社長だな。その次は会長。その次はどうなっていくのだろうか。


「ききき、きみ! 確か、主任だよね?」


「え、ええ、まあ」と、副社長にいきなり話しかけられたおれはそう返事をした。


「若いのにね、すごいね!」


「はあ、どうも、でも副社長ほどでは……色んな意味で」


「きみ……ははは、そう、そうだ! 君を昇進させようじゃないか! ね、ね、ね!」


「え、僕を、ですか?」


「そ、そう! はははは、係長、いや、課長に、ええい部長に任命しよう!」


「いや、そんな急に……」


「いいのいいの! 来てないんだし! 君はなかなか有能だって聞いてるからさ! 社長には話は通しておくから! じゃあ!」


 と、大きな会社ではないとはいえ、急な話で何だか煙に巻かれた気分だった。……まさか、副社長。自分が巻かれていることに気づいているのか? だから、急遽おれを昇進させ、せめて今巻いてある分をおれに振り分けようと……。

 いや、単純に忙しいのか。係長たちがああなってから確かに社内はちょっと大変だ。しかし、行方不明の理由は巻かれてるからなんですと言っても信じて貰えないだろう。

 しかし、部長かぁ……ははは。感謝しないとな。でも明日には副社長はきっと社長の体に巻かれてるんだろう。おれはそうはならない。媚びへつらう気などないのだ。



 と、思っていたら翌日、会社が無くなっていた。

 ビルごと取引先に巻かれていた……という訳ではなく、何年も前から不正を行っていたらしい。

 勘づいていた、あるいは教えられていた係長から社長まで全員逃げ出したのだ。

 そして明るみに出た今、おれもまた『あなたが責任者ですね!』と押し迫る報道陣を前に尻尾を巻いて逃げ出すのだった。

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