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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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秘密の穴

 穴に惹かれるのはなぜだろう。ふと、そんなことを思うときがある。

 何かを隠す、捨てるのにうってつけだからだろうか。ゴミや大切なもの。王様の秘密を穴に向かって叫ぶなんて昔話もある。そう、穴とは秘密。性的な意味合いを持つ穴もあるが、穴と聞いて決まって私が思い出すのは初体験の時ではなく、小学生の頃……。


 


 学校に監視カメラを導入すべきだ。そう、当時の私は毎日のように思っていた。その理由……


「ツァツゥカネダッウエエイ!」


 そうすれば、こんな風に、人けのない校舎裏で不良の同級生からカツアゲされることもなくなると。尤も、きっと死角を見つけてそこに連れ込むだろうから意味はないだろなとも思っていた。


「カネゥウェイウェイ!」


 が、問題の彼は馬鹿で有名だから監視カメラにピースしたかもしれない。しかし、馬鹿とは恐ろしい。考えなしに呼吸するように暴力を振るう。いや、暴力に関しては頭を働かせているのかもしれない。恐喝の最中、私の足を踏んでいるのは逃げられないようにするためか。

 しかし、そもそも小学生なんだからお金なんて学校に持ってきているはずないということをわかっていない。何回説明しても美味く伝わらないのだ。

 半ば呆れつつ、現実逃避か、私は彼の歪みきった顔から空へ視線を逃がした。

 風が顔を撫でる。今日は寒い。頭上、かざすようにある木の枝についている葉は指で数えられる程度。もうすぐ冬だろうか。

 と、私の目から星が飛び出すようなそんな強い衝撃が走り、私は倒れた。

 始めはどこを殴られたかもわからなかったが、徐々に痛みが現れてきた。普通は治まっていくものなのに、それがひどく恐ろしかった。

 こめかみだ。そこを殴られた。人間の急所の一つ。さすが、暴力に関しては……と感心できるのは今のように、後々で思い返してのこと。当時の私はパニック状態だった。悲鳴は上げなかったが、いや、上げられなかった。痛みに悶え、唸り、そしてそれも満足にできやしなかった。すぐさま追撃の手が、いや、足が私の腹に飛んだのだ。全く容赦ない。彼は倒れた私の腹を何度も蹴った。そしてその最中、私は母の言葉を思い出していた。

『嫌なことをされたときは、やめてって言えばいいのよ』

 言葉は無力だと私は悟った。クソ食らえとさえ思った。

 この苦痛の最中どうにか絞り出し、やめてと言ったところで、せいぜい彼の嗜虐心を煽るだけだろう、と。

 そもそも、言葉が通じるかもわからない。「やめて」って彼の言語ではなんて言うのだろうか? ヤメゥッテッか?


「カゥネッツツタァンテンダロォ!」


 興奮する彼。喋っているのか鳴き声か、いよいよわからない。しかし、何とかしなきゃならないと私は思った。

 だがどうすればいいというのか。痛い、ただただ痛い。痛い痛いいたいいたいいたいた……板。

 私は少し開けた茂みの中、そこに木の板があることに気づいた。


「ダッテンダッテンダヨ!」 


 彼が私の胸ぐらを掴み、立たせようとする。

 私は彼が私の反撃の芽を潰そうとしているのだとそう感じ、慌ててその木の板を掴んだ。


「やめて!」


 そして、私は彼の頭目掛けて思いっ切り振った。

 これで少しはひるんでくれればいいと。

 ……が、どうもおかしい。彼が私から手を離した。それはいい。私も手を離した。それもいい。

 だが、どうして私の手から離れた木の板が彼の頭に磁石みたいに張り付いているんだろうか。落ちるはずだろう。


「プアパパッツオ?」


 理由が分かった。彼が木の板を引っ張ると血に塗れた釘が彼の頭からズリュズリュと出てきたのだ。


「あ、あ、ああ!」


 板には釘がついていたのだ。図工の授業の誰かの失敗作。ただのゴミ。それがなにで、なんであそこにあったのかは知らないし、わかることはないだろう。が、まずいことになったことだけは私は理解していた。

 冷や汗が私の背中をなぞり、汗みたい垂れた血が彼の頬を伝い、顎まで伸びる。


「アオアオウイイナ?」


「え、え、え」


「ウウイイナノ」


 彼は相変わらず何を言っているかわからなかった。ただボッーとしている。まるで寝ぼけているような顔だった。

 いや、それは元からだろうか。と、私はそんなことよりもと服の袖で彼の血を拭った。中々、血が止まらず綺麗になった頃には昼休みの時間の終了を告げるチャイムが鳴ってしまった。もうすぐ授業が始まる。


「きょ、教室戻らなきゃ」


 ぼんやりと蜘蛛の巣を見つめている彼をこのままここに置いておいて大丈夫だろうかと私は思ったが、彼はヒョコヒョコと私の後についてきた。

 一緒に居るところを見られるのはマズい。事がバレたら真っ先に疑われてしまう。そう思った私は走って彼を振り切ろうとしたが、運動音痴の私と彼の身体能力の差は歴然だ。彼はすんなりと私の後に続いて教室に入った。


「おー早く座りなさい」


「は、はい、先生……」


「さてと……ははっ、なんだお前たち、仲良しだな。一緒に座る気か?」


「え?」


 教室にどっと笑いが起きた。彼は教室の中に入った後も私の背中にピッタリくっついてきていたのだ。


「き、君の席はあっちだよ……」


 私は小声で彼にそう伝えたが、どうも理解できないらしい。仕方がないので彼を席まで誘導し、座らせた。


「んーどうした? 元気ないのか? 眠いのか? まあ、食ったあとだしな」


 先生が彼に訊ねた。当然だ。背筋が冷え、胃がギュッと縮んだ。


「ウィーシャーセー」


「よし、いつも通りだな。じゃ、授業を始めるぞ。この前の続きから」


 

 その後も私はいつ彼の異変に気付かれるか、また彼が奇行に走るかハラハラしていたが、意外にも彼は授業中大人しくしていた。

 そして終わりのチャイムが鳴り、掃除の時間。モップを食べようとする彼をどうにか抑えつつ、ようやく下校といったところで彼が私に近づいてきた。


「ロロノアロゾ?」


「え、あー、うん、まぁ、また明日……」


 私はそう言い、教室を出たのだが彼は鞄も持たずに後についてくる。仕方ないので帰り支度をしてやり、校門を出た。


「ウェイウェイ?」


「あ、えっと、なに? あーそうだねウェイだね」


「ウエェーイ。ウエイアアアデュー?」


「あれは犬だよ。うん、かわいいね。食べちゃ駄目からね」


 と、この分だと家までついてきそうだ。彼の家に送ってやらないとならない。家まで鞄を持たされたことがあるから場所は覚えている。しかし、さすがに家族は彼の異変に気づくだろう。私が連れて行ったら疑われるのでは、と私は思ったが、その時点で苛立ちが勝っており、小学生の思考らしく、めんどくさい。もうどうにでもなれ、といった気持ちになっていた。


「パレー!」


「そうだね、パレー!」


 私たち二人はそう、天に向かって吠えた。


 そう、あの時見た空のことは今でも覚えている。

 その後、彼を家に送り届けた私はそのまま彼の母親に家に上がるよう促された。(よほど嬉しかったのだろう彼には友達がいない)

 さすがに彼の異変にはすぐに気づかれたが、ただ落ち着いたと思われただけに留まった。

 何なら私という友達ができたそのお陰だと。彼の親も彼には手を焼いていたようだ。人は信じたいものを信じるという事だろう。

 その後も私はハラハラとする日々を送っていたが秘密の穴、彼の頭の傷が塞がると解放。私の心はようやく軽くなった。これで、もうバレない。彼と関わる事もないと。


 しかし、我々の奇妙な友情は今も続いている。それが彼にとって幸福か否かは彼に訊いてみないとわからないが……ま、訊いても無駄だろう。

 秘密の穴は増えたり、塞がったり。私は……私たちはこの友情を楽しんでいる。これからもきっとずっと。

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