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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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歯形は語らない

 目覚めたその青年はベッドの上に仰向けになり、天井を見上げていた。

 もう朝だ。妙に体調が悪い。熱があるかと思えば寒気がして、ドキュメンタリー番組の砂漠の映像を早送りしているみたいに急変化を繰り返している。原因はこれだろう。

 彼は自分の腕に目を向けた。そこにある歯形を見つめて、回想する。



 昨日の夜、彼は地下道を通り、家に帰ろうとしていた。

 と、そこへ前から中年の男がフラフラと歩いてくる。彼はなんか嫌な雰囲気だなぁと思い、道の端に寄った。だが、男は磁石に引き寄せられるように青年の方へ。青年はその時は何のつもりかはわからなかったが、今でははっきりとこう思っている。


 ――僕を食べようとしていたんだ。


 いきなり掴みかかられた青年は必死に抵抗し、何とかその場から逃げ出した。そして、息も絶え絶えになりながら家に帰るとベッドに倒れこみ、しばし悶え苦しみやがて眠りについた。

 で、朝起きたらこの有様だ。そう長くは眠れなかったはず、加えて夢を見たが悪夢。頭痛はそのせいだろうか。いや、楽観的な考えだろう。

 青年は大きく息を吐き、そしてカラカラに渇き、ひび割れた喉で笑った。


 ――僕はゾンビになるんだ。


 あの男の噛み痕は今では血が乾き、蹄鉄のような形をしていた。

 蹄鉄は幸運を呼ぶなどといった知識を捻り出せるくらいには今はまだ冷静だが、きっとそのうち人肉を求め始める。

 そう考えた青年は日記をつけることにした。生きた証。何日持つかはわからないが、誰かが見たら研究か何かの役に立つかもしれない。いや、その頃には世界はゾンビだらけになっているだろうか。

 どの道、それは建前だ。青年はただ吐き出したかった。胃の内容物の他に、内にあるものを。その証拠。安っぽいノートに書きだした内容。上がった熱と寒気、悪化する体調とは無関係に単調な内容。



 怖い、怖い、寒い、怖い、怖

 嫌だ、怖い。何で、僕が、あああああああ

 怖い。痛い、怖い、気持ち悪い、ごめんなさい。

 怖い、怖い。怖い怖い、嫌だ、嫌だ嫌だ。



 呪詛のように書きなぐったノート。そのページの一枚が音を立てて破れた。

 その理由。インターホンが鳴ったことによる動揺。来客の予定はない。

 青年は静かに音を立てないようにドアスコープを覗いた。その寸前、頭に思い浮かぶのはゾンビの姿。それも、あの男の。見た短い夢の中に出てきたその姿、血の色は未だ瞼の奥の脳までこびり付いている。

 しかし、有り得ない。ゾンビが訪ねてくるなど。じゃあ幽霊? それもありか。ゾンビがいる世界ならば。青年はひひっと笑った。


 だが、そこにいたのは警官だった。

 それを目の当たりにした青年は一歩、二歩三歩と仰け反った。

 その脳は食い荒らされたように思考が散在し、それぞれがバチチと発火するよう主張していた。


 街の防犯カメラに足取りが映っていたんだ。だから来た。なんのなんのなんのために? 保護、保護だ。治療のためだ。いいいいいいや実験台だ。生きた保菌者。研究所に連れてかれ、解剖。ばらばら。ワクチンチチンの開発のためにお国に命をささげまぁす! いやだいやだいやだ。偽だ。そうだ偽物だ。警官のふりをした謎の組織が口封じしにきたんだ。ゾンビウイルスも奴らの仕業だ。ああ、そうだ。きっとそうだ。だって僕は……そう……悪く悪くないんだから。

 抵抗だ。レジスタンスだ。善良な市民よ! 武器を取れ! ああああああああの夜のように! 

 わけない、本物のわけない。確かに僕はおじさんを階段から突き落とした。

 でも、ゾンビだからもともと死んでいたんだ。

 そうともそうだとも。あああああ僕もゾンビになるんだ。ああああああ、のどがかわいた、いたい。ぼくはわるくない。からだがふるえる。しんぞうはげしい。ぼくはわるくない。いんたーほんのおとあたまにがんがん。ぼくはわるくない。うでが……かゆい、うん、かゆいかゆい。


 やって

 やる

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