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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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悲願の時

 賢いことと愚かなことは矛盾しないと思う。

 わたしの姉は賢い。子供の頃から世渡り上手、人に好かれ勉強もできた。

 でも愚かにも妹のわたしを苛める。

 父や母が死んだとき、その死を誰と一緒に受け止めるの? 誰と思い出話をする? 結婚していれば(十中八九するだろうが)旦那とするの? いいや結局、わたしとでしょう。困ったとき、誰が信頼できる? 友人? 血の繋がりと友情、どちらが強い? 妹の性格が歪んで得するのは誰?


『アンタ、才能ないよ?』


 姉はわたしが描いた絵を両手に持ち、そう言った。絵の中央からニヤついた顔を覗かせて。そう、中央から。姉はわたしの絵を引き裂き、床に落としたのだ。それだけに終わらず、泣きじゃくるわたしを蹴り、ため息をつく。本当に愚鈍な妹だ、と言うように。

 一方で姉が描いた絵は居間に飾られた。モデルは私。ただし不細工に描かれた上に下手糞な肖像画。それでも両親は上手だ、妹思いな子だと姉を褒めた。


 姉は事あるごとに、わたしを馬鹿にし、猿呼ばわりする。わたしが猿ならアンタだって……とはならない。

 姉は美人な母に似て整った顔立ち、そして頭脳は優秀な父親に似た。わたしは、どういう天の采配か知らないけど、そう、真逆だ。

 唯一自分を褒めるとするならば……根性だろうか。

 わたしはめげずに絵を描き続け、画家に……はなれなかったけど、小遣い程度にお金を稼げるようになった。


 そして一方、姉は現在、結婚し子供を授かった。そのお陰からか、いやその前から姉の態度は大分柔らかくなった。

 大学に入学した辺りからだろうか。受験のプレッシャーなどからストレスが溜まっていたのだろう。そのはけ口にされるこっちとしてはたまったものじゃないけど、豹変したとまで言っていい姉の優しい態度には恐怖を感じたものだ。

 別にその優しさに裏があるわけじゃない。単純に幼い頃からの積み重ね、体に染み付いた恐怖心だろう。


「さ、抱いてみて!」


 そう言い、姉がわたしに赤ちゃんを手渡す。

 出産には立ち会わなかったから初めての顔合わせになる。どうやら姉似のようだ。

 赤ちゃんからしたら見知らぬ人間なのだから当然ともいえるけど、あと二秒で泣き出しそうだ。

 ここがデパートの中というのもあるかもしれない。人が行き交い、落ち着かないのかも。この後、レストランで食事の予定だ。


 わたしは手渡された赤ちゃんを自分の顔より上に掲げる。

 そして僅か、顔から笑みが薄れた姉を見つめ、赤ちゃんから手を放した。

 姉がわたしの絵にそうしたように。

 大理石の床に頭から落ちた赤ちゃんは、鈍い音を立てたが泣きはしなかった。もう泣けないのかもしれない。あるいは姉の叫び声に掻き消されているのか、どうでもいい。


 わたしはこれまでずっと、この絵を脳内に描いていたんだ。



 ……なんて事を考えていたはずなのに赤ちゃんの重み、温もりが全て吹き飛ばした。

 尊い。そう思わずにはいられない。不思議な重さ。こんなに小さいのに人間。動いている。

 ああもう……仕方ない。氷が瓦解されていく感覚。全てを許そうか。姉はわたしの恨みや怒りを知らないだろうけど。

 うん、それでいい。いいやもう。どうでもよくなるくらい本当に可愛い、あ、笑っ……。

 ……この笑顔。どことなく姉に似て……この目も姉に……



 ああ、震えが……あっ。

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