赤 い糸 :約2000文字 :スリラー
「ぼ、ぼくと、付き合ってくださあぁぁぁぁぁい!」
僕はその日、息を切らしながら彼女の前に立ち、そう叫んだ。いや、正確には立ちはだかった。それも突然に。汗も拭かず、彼女を見つめていた。
叫ぶつもりもなかったけど、自然と声が大きくなったんだ。でも無理はない。やっと運命の人を見つけたのだから。
僕たちは赤い糸で結ばれている。これは比喩じゃない。本当に僕の小指と彼女の小指が赤い糸で繋がっているんだ。
そのことに気づいたのは、その日から約一週間前だった。朝、いつものように大学に行くために家を出た僕は、彼女に連絡しようと思い、携帯電話を取り出した瞬間、自分の右手の小指から赤い糸がどこかへ伸びていることに気づいた。
すぐに不思議な力が働いてるのだと確信した。まるで暗視ゴーグルで赤外線センサーを見ているかのように、その糸は周りの人には見えず、触れもしなかったからだ。
でも、邪魔にならないし、特に気にせず大学へ向かった。その糸の先がどこに繋がってるかなんて、考える必要もなかった。だって今付き合っている彼女の指に繋がっているに決まっているから。
「ごめんね。ばいばい」
結果は違った。彼女の小指には何も繋がっていなかった。それどころか、その日僕はそっけなく別れを告げられた。
ああ、ショックだった。でも、ふと気づいた。この赤い糸の先には、まだ見ぬ運命の人がいるのだと。いい機会だと思い、赤い糸を辿ることにした。本当は失恋の傷を、凍傷になりそうな寒さと孤独感を紛らわせたかったのかもしれない。
僕は走った。糸の先を求めて、走って走って、転んでまた走った。そして――彼女を見つけた。
彼女は少し怯えているようだったけど、仕方ないだろう。突然、茂みから飛び出してきた見知らぬ男に告白されたんだから。
第一印象は最悪だったと思う。でも、僕はうまくいくと確信していた。だって赤い糸がしっかりと繋がっているのだから。
予想通り、僕たちは交際を始めた。やっぱり赤い糸の力は本物だったんだ。おかげで、その後順調に関係を深め、結婚に至った。
一度、彼女に赤い糸の話をしたけど、彼女には見えないらしく、鼻で笑われてしまった。
彼女はその見た目に反して貞操観念が高いらしく、未だに体を交わらせたことはない。でも、赤い糸は僕らを結んでくれている。問題ない。
ただ、最近気になることがあった。出会った当初と比べ、赤い糸が少し細くなったような気がするのだ。
だから僕は今夜、仕事を早めに切り上げ、彼女の待つ家に帰ることにした。彼女が飲みたがっていた赤いワインを携えて。
家に帰ると、彼女は驚いたように僕を見た。僕にはその笑顔がぎこちない理由がすぐにわかった。
「ただいま」
「おかえりなさい、今日は早かったのね」
「ああ、仕事が早く片付いたからね」
「そうなの。それで何か食べる?」
ダイレクトメールみたいな会話を交わして、リビングのテーブルにワインを置き、彼女にグラスを出すように頼んだ。
僕は気づかれないようにそっとキッチンで必要なものを取り出すと、二階へ向かった。
階段を上がる足が重いのは気持ちのせいだろうか? いや、音を出さないように気をつけているからだ。足音と、腕に抱えてかさばるものが。
途中、糸をちらりと見た。僕の指の糸は細い髪の毛のようだった。でも、もう一方の、太いその赤い糸はピンと張りつめて、二階の彼女の部屋へと伸びていた。
静かにドアを開けると、赤い糸の先はクローゼットの中へと続いていた。
ルーバー折れ戸にしてよかった。決めたのは彼女だったかな。まあ、どうでもいい。いいんだどうでも。
僕はその前に立ち、包丁を構えた。
黒ひげ危機一髪――何となく頭によぎった。
一気に折れ戸を突き刺した。くぐもった声が上がり、引き戸はガタガタ揺れ、そして少し開いた。
僕はその隙間に目掛けて何度も包丁を振り下ろした。
やがて、彼女の悲鳴が背後から聞こえた。
「君たちの糸は、もうちぎれたよ」
僕は静かにそう告げた。その声が彼女に届いたかどうかは、もうどうでもよかった。
彼女のおかげで一つ良いことを知った。赤い糸は一本だけじゃない。だからきっと、また別の誰かと結ばれるはずだ――
そう、確信している。
赤い糸から滴り落ちた雫が、床に小さな痕跡を残した。
そして、僕らの赤い糸が音もなくちぎれた。




