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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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269/705

ランドロスの墜落

 ――な

 ――ん

 ――だ

 ――こ

 ――れ

 ――は

 ――! 


 目を覚ましたランドロスをまず襲ったのは、凍えるような冷たさと顔を引き剥がさんばかりの風圧だった。

 瞼を開けるのも困難であったが、目にしたその光景に驚きの余り思わず見開いた。

 遥か下に広がる、二つの絵の具を筆で混ぜている途中のような緑と麦色の地表。平原。それに向かって落下しているではないか!

 自分がなぜ、こんな状況に? と、記憶を辿るよりも先に優先したのはパラシュートの有無を確認することだった。

 しかし、残念ながら背中にはなかった。翼も何も。それどころか裸である。このまま地表に落ちれば死は免れない。せめてもと両手を広げてみたが全く意味をなさなかった。早くも打つ手なし。体とは反対に空に昇る悲鳴を見送るのもやめた。

 いよいよ記憶を辿る時。原因究明してスッキリするのも目的だが、死ぬ前に楽しい記憶を掘り起こしたい。ランドロスはそれが慰めになることを願った。

 ……しかし、起きて時間が経ってから夢の内容を思い出そうとするように困難。なぜか記憶は霧がかっていた。だが、裸にひん剥かれ飛行機から落とされたとなると相当ひどい事をしたのだろうとランドロスは考える。

 一体何を……殺し? いや、まさか自分が、とランドロスは頭を振った。自分が何者かもわからないが人殺しをするなどとは到底思えない。では女性関係……報われぬ恋でもしたのか? マフィアや権力者の娘と……。女……女……そう、愛しい人……誰よりも……上司よりも……上司? ああ、そうだ。それよりも、もっと愛おしい女性……自分の命さえも。合っている。だからこの状況なのだろうか。上司であるマフィアの娘、それに恋した結果、薬か何かを飲まされ……ああ、クソ上司だ。正しい。そう思うと後悔が込み上げなくもないが、しかし、胸が熱くなる。が、寒い、寒い、あああ……。

 ぐんぐん近づいてくる地表。時間がない。だが、そのお陰でランドロスはそこに何かあることに気づいた。


 白い。

 骸骨。

 それが複数。ここはまるで処刑場だ。そうだ、都合の悪いものはこの人知れない名もなき島に堕とされるのだ!

 ……堕とされる?

 瞬間。ランドロスは全てを思い出し、そして理解した。


 デイソン! マルカフ! ロンドリアス! もしかしたらリタ―ニャも! 惚れた人間と添い遂げるべく下界に降りると神に直談判した者はここに、地上に堕とされたのだ!

 クソッたれな神め! ああ、クソ上司だとも! もはやその年月すら忘れるほど長い間仕えてきた天使に対する仕打ちがこれか!

 再度背中を確認するも翼はない。今の私は人間か? 確かにそれを望んだが降ろし方に注文を付けるのは強欲か? 否! クソクソクソクソ! 何度だって言ってやるぞクソの神め! 私がトマトみたいにつぶれた後「お前は人間になり、下界で暮らしたいと言っていたが優しく降ろしてくれとは言わなかったな」とほくそ笑むのだろう! そして今も私を見ているのだ! 後悔と恐怖に震える私を! 頭上から! 見下している! 私が許しを請うかどうか、それを見ている!

 クソ! クソ! クソ親父め! ……だが、私は思い出したぞ。



 ――だから!



 ――後悔など!



 ――な





 ランドロスは堕ちた。名も無き島にたった一人で。その寸前に思い浮かべていたのは恋焦がれた彼女。

 毎日のように天界の泉から地上にいる彼女を見つめ、脳の隅までその姿が焼き付いていた。しかし、それを彼女は知らない、知る術もない。

 思い出は砕けた頭蓋骨の中から脳と共に飛び散った。その音すらも誰に伝えることもできず、遠くで鳥が数羽飛び去ったが、ただ風にくすぐられただけ。

 ランドロスの光なき瞳にその鳥たちが映った。空を漕ぐその翼。それを見つめる眼差しにあるのは羨望か後悔か。空虚な瞳は語らない。


 その飛び去る鳥の姿が消えた時、一陣の風が吹き、ランドロスの髪を撫で上げた。そしてランドロスの体から出た白い靄を大事に包み込み、島から運び出した。


 流れ、流れ、着いた先は病院。ランドロスが恋焦がれた彼女がいる場所。

 窓は開いていた。風が陽だまりの中で眠る彼女の髪を、頬を、そしておなかを撫でた。


 次にランドロスが瞼を開けたとき、目にするのはきっと恋焦がれた彼女の瞳だろう。

 その時のランドロスは、天界にいた記憶も彼女への恋心も何もかもまっさらな状態だ。

 彼女はランドロスを抱きしめ、愛を囁く。そしてその想いは恐らく寿命尽きるまで続くことだろう。


 愛する我が子よ。


 全て神の計らいであることは間違いないが、それが優しさか気まぐれか、それとも地上を望んだ天使に対するただの習わしか知る者はいない。

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