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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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謀略

 夜の帳が下りて、駅から町へ出る人の姿が疎らになった時間帯。とあるコンビニ、その自動ドアが開いた。

 その少し前、店の外の駐車場で誰の仕業か打ち上げられた季節はずれの小型打ち上げ花火。その煙、その残り香と共に中に入った男がレジの前へ行き、そして……店員に拳銃を突きつけた。


「動くな」


 流れるような作業。練習通りだ。だが気を抜いてはいけない。男は心の中で繰り返しそう唱えた。


「ふっー……おい! 客は全員出て来い! 店員を撃ち殺すぞ!」


 三人だ。客が中にいるのは店に入る前に様子を窺っていたから、わかっていた。正解。答え合わせのように男の呼びかけから数秒の間の後、三人の客が棚からヒョッコリ顔を出した。

 中年の男、主婦らしき女、女子中学生だろうか幼い顔の少女。恐らく親子関係にない それらがヒョコヒョコヒョコとリズム良く出てきたものだから思わず男の顔がにやけた。

 いかんいかん。しかし、フルフェイスのヘルメットをしてきてよかった。おかげで威圧感が保たれる、と男はホッとする。目出し帽でも良かったがあれは少し間抜けに見える。まあ、少々重いし視界も悪いが仕方がない。

 と、そんなことを考えていたせいだろうか、男は突きつけた銃に店員が手を伸ばすのを見逃してしまった。


「おい! 馬鹿! やめ――」


 店内に響く銃声。それに一番驚いたのは男自身だった。放たれた銃弾は店員の口内に。そして、店員はその場で崩れ落ちた。


 ……やってしまった。強盗殺人。死刑もありえる。いや、待て。まだ金を盗っていないのだから強盗には当たらないか? 何にせよこんなつもりじゃなかった……。計画では通報されないように、まず客から携帯電話を回収し、床にうつ伏せにさせ、店員に奥の金庫へと案内させるつもりだった。

 逃げれば店員を殺す。そう言っておけば客が我が身可愛さに逃げたくても、世間の目を気にするはず。後に店員を見捨てたと世間、身内から批判を浴びるのは嫌だろう。上手く事が運ぶ気がしていた。計画を振り返った今もだ。発砲音のカモフラージュのために、打ち上げ花火を用意したほど念入りだったのに……。


 と、男はハッと我に返り、辺りを見回した。客の姿が見当たらない。

 自動ドアは閉まったままだ。逃げ道はないはず。隠れたのか? 無理もない。殺人の瞬間を目撃したのだ。棚の後ろで恐怖に震えているのだろう。

 しかし、どうする? 構っている暇はない……か? 店員がこれでは金庫はもう開けられない。レジの金くらいはなんとかなるかもしれないが……。客から財布を回収する? 微々たるものだろう。

 考えた末に男が出した結論は一秒でも早く、この場から立ち去ることだった。収穫がないのは口惜しいが仕方ない。

 踵を返す男。だが


「うっ!?」


 男が出入り口に体を向けた瞬間だった。後ろから客の一人が飛び掛ったのだ。

 中年の男だ。拳銃を掴み、奪い取ろうとしている。意表を突かれた男だったが、すぐに気持ちを切り替え、無我夢中で抵抗した。

 そして……再びの銃声、しかし耳には慣れなかった。中年の男は前のめりに倒れ、動かなくなった。


 指をさすように銃を持った腕を上げたまま、呆然とする男。

 口がわなわなと震え、まず目を。次いでゆっくりと頭を下げ、倒れた男を見つめる。

 と、その床に伏している中年の男の体に影がかかった。

 男が顔を上げた瞬間、主婦らしき女と目が合った。

 無言。無表情。一歩退こうとしたのはそれに恐怖を抱いたからではない。反射的なものだった。女が狩りをする獣のように、叫びもなく、いきなり掴みかかって来たのだ。

「うわあ、ああ!」と情けない悲鳴を上げる男。先程の殺しの余韻。二人殺した。捕まれば死刑、よくて終身刑。その考えが頭から離れない。群がる蜂を追い払うように身をよじり、がむしゃらに抵抗した。

 そして、また銃声。


 訳がわからなかった。いや、わかってはいる。動揺していたが、無論、今も動揺しているが、男ははっきりとその目で見た。

 引き金を引いたのは男ではない。女自身であった。男の手の銃を掴むとそれを咥え、そして……。

 死にたかったとしか思えない。思えば……いや、一刻も早く逃げないと。それに、ただただここにいたくない。

 男はそう思い、踵を返した。が、視界の端から影が舞い出た。中学生くらいの女の子。男の腕を掴み、その流れるような動作は男に抵抗する気力すら湧かせなかった。


 床に伏す三つの死体。レジカウンターの向こうにはもう一つ。合計、四人殺した。殺した。俺が殺した。

 男の頭の中で死刑、死刑、死刑と誰かの声が繰り返し聴こえる。目眩、吐き気、頭痛。押し寄せる不快な症状に体がぐらついた。

 そう死刑。確定だ。このままここで馬鹿みたいに立ち尽くしていたら。逃げよう。とにかく早く。まだ顔は見られていない。顔、顔、顔……?

 男はそこでやけに視界が広いことに気づいた。ヘルメットがない。一連の騒ぎで、いつの間にか落としていたのだ。

 男は床に落ちた黒いヘルメットを見つめる。一瞬だが、そこに自分の顔を見た。ニヤつき、上目遣い。その視線の先。天井に目を向ける。そこにあったのは監視カメラ。

 完全に終わった。男はそう思った。警察は信じてくれないだろう、自殺志願者の集まりにたまたま居合わせたなんて、と。

 いっそ俺も死のうか。ああそうだ仲間にしてもらおう。

 男は銃に目を向け、口を開けてみる。そしてふと思った。

 ……待てよ。監視カメラのデータは奥のスタッフルームにあるはずだ。コンビニでバイトしていたとき、休憩室のモニターで訪れた客に同僚とあだ名をつけて遊んでいた事があった。そうとも……まだ終わりじゃない。

 そう考えた男はヘルメットを被り直し、スタッフルームのドアを開けた。

 すると、驚いた。


「んー! んー!」


「これは……」


 そこにいたのは椅子に縛られた三人の男女。その姿は先程撃ち殺したあの三人の客とそっくりだった。

 男は混乱しながらも一先ず猿轡を解いてやった。


「あ、あいつらは宇宙人なの! 本当よ!」

「そ、そそ、そうだ、て、鉄が好物らしい! そこ! そこの金庫! く、く、食って!」

「た、多分、わ、私たちと入れ替わろうとしたのよ! こ、ここは基地か何かなのかも! ああ、早く! 早くロープも解いてぇ!」


 男が金庫のほうを見ると、確かに外側の鉄の部分が剥がされたようで、コンクリート部分がむき出しになっていた。

 それで男は気づいた。鉄……銃。そうか、奴らは銃を食べようとしていたのか! 人を殺したわけではなかった。本当に良かった……と。

 安堵したことにより、幾分か冷静さを取り戻した男はこれからどうすべきか考える。角度からして、この連中はモニターを見ていたはず。自分がコンビニ強盗であることはすでに気づいているだろう。


「……あ、あなたは命の恩人です! その、強盗とか、ぜ、絶対に人に言ったりしません!」


 男の考えを察したのか女子中学生はそう言った。他の二人も何度も頷き、椅子を揺らしてロープを解くよう催促する。

 男はふっーと息を吐いた。

 そうだな……縄を解いてやるか。で、警察が来る前に逃げよう。その後のことは……まぁ宇宙人騒ぎでコンビニ強盗の事は気にしないだろう。そもそも未遂だしな。銃は置いておこうか。熱心に追う理由も減る。

 まあ、仮に捕まったとしても、侵略者殺しの英雄として話を聞きたがるやつは多いだろう。本の一冊や二冊出せるかもしれない。そう、むしろ名乗り出るくらいの気持ちでいても良いかもしれない。と、なんだ? 今の――





「と……ここまでがあの男の供述ですが……。店員の通報で駆けつけた警官によると、男は一人で三人の死体のそばに呆然と立っていたそうです」


「店員から聞いた話は?」


「男は店に入ると同時に突然叫び出し、なんだなんだと顔を出した三人を順に撃ったそうです。その後は警官が駆けつけるまでそのままで」


「店内の防犯カメラは切っていたそうだな」


「ええ、不調だったそうです」


「映像がないのは残念だが、ヤク中かマルセイか……何にせよ、宇宙人云々は馬鹿げた妄想だな」


「ですね、ただ……」


「ただ?」


「銃が見つからないそうです。店員もレジカウンターの下に隠れたため、どこへやったのかは見ていないと。

それに近隣住民の話では銃声のようなものが何度も聞こえたとあるのですが、見つかった弾丸は三発のみでした」


「現場近くで小型の打ち上げ花火が上がっていたのは本当らしいな。それと混同しているんだ。銃は引き続き探そう」





「……俺は英雄なんだ、そうだろ? なぁ? あの三人がそう言っているだろう? 縄を解いてそれから……あれ? どうしたっけ? どうしたっけどうどうどう! どう……」


 は取調室の外まで漏れる男の声。混乱しているのか頭をガリガリ掻く音も。

 男は無意識に、頭の中に入れられた何かを気にしていたのだが、刑事たちが気にするのは死んだ者に撃ち込まれた銃弾のことばかりだった。

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