解約
とあるアパートの一室。フローリングの床に座り、男がスマートフォンの画面を眺めながら花占いのようにブツブツと呟いていた。
「いらない。いる……これは、いらない。これも……いらない。こっちは残して」
サブスク。こうして振り返ってみれば、かなり出費になっていたな、と男は息を吐く。
この動画サイトも解約、こっちのも解約。漫画系も解約、本も……読まなかったなぁ。ビジネス書を読み漁るぞって意気込んでいたのに。解約解約。音楽サイトも解約。カフェ、飲食関連もいいな、近くに店がないし解約。あとは……この部屋も解約だな。
男は積まれたダンボールに目をやった。引越しの準備も滞りなく進み、明日を待つだけ。
ぐぐぐーっと両腕を伸ばし、さらに大きな欠伸。
「よっし、全部解約、解約! かいや、くぅ~!」
「本当に解約なさいますか?」
「する! ん、えっ」
謎の声に疑問を抱く前に、勢い余って男はそう答えた。
すると、舞台上の照明が消えたように、途端に視界が真っ暗になった。
それだけじゃない。一切の身動きが取れない。拘束……されているようだが違う。手の、足の、指の感覚がない。そして目を開こうとするが何かに押さえつけられているような感覚がする。接着。いや、これは、糸。糸だ。僅かにこじ開けることができた瞼。その視界、に入った黒い線。黒い糸で縫われているのだ。それが分かると腕や足、それもまた縫われているのだと理解した。
ここはどこか、なんなのか。なぜ、どうして。混乱混迷。耐えきれず出した叫びもまた、縫われた口の中に留まり喉を詰まらせる。
僅かな視界から見える、篝火のような灯りに照らされる石造りの天井。地下なのか。背中から、後頭部から硬さと冷たさを感じる。石の台座の上に寝かされているのだろうか。他に何人が……。
いくつものくぐもった、声にならないその音に呼応するかのように彼もまた咆える。
やがて酸欠のような症状になり、彼は押し黙った。そして今度は小さく、縋るように祈るように呟いた。
「キャンセル……再契約……キャンセル……」
と、停電が直ったかのようにパッと視界が明るくなった。体の自由もきく。
飛び退き、見渡すとそこは元の部屋。
夢。それにしては、むしろ今あるこの手足の感覚の方に違和感を覚えた。
彼はそうすることで存在が色濃くなるのではないかというように、手足をさする。何か知ってはいけないようなことを知ってしまった気がした、と震えながら。
『この話。つまらない』
「……え?」
『解約』




