景観
とある警察署。部屋に入った刑事はテレビを囲む同僚たちを見て、声をかけた。
「うっーす、何を集まっているんだ?」
「お疲れ様でーす」
「おーっす」
「どーもっす、先輩。例の仏さんなんですけど」
「ああ、崖から滝壺に落ちたってヤツか。顔を打って潰れてたんだろう? ひでえよな」
「はい。その落ちたと思われる場所からビデオカメラが見つかりまして」
「これから鑑賞会って訳か」
「そんな趣味の悪い言い方しないでくださいよ」
「すまん、すまん。お、これか」
テレビ画面に映った顔。なるほど死相が出てるっていうのはこのことだな。と刑事は思った。
青ざめてこけた頬は黒ずんでいる。まるで覇気がない。力なく下ろした肩。三脚でカメラは固定しているのか、景色をバックにピッタリと男の胸より上が画角に入っている。
被害者が落ちたと思われる崖の上、その先端まで恐らく数歩の距離。景色に夢中になり、足を滑らせた可能性もなくはないが、まあ自殺だろうなと刑事は思う。
……ん? ブツブツと呟くように口が動いている。声。何か喋っている。と、刑事は顔をテレビに少し近づける。滝の音が若干ノイズになっているが聞き取れなくはない。恐らくは遺言、独白の類だろう。同僚もそれに気づき、テレビの音量を上げる。
『素晴らしい景色だ。来てよかった。聞いた話では時々、虹が出るらしい。ぜひ目にしたいものだ』
「死ぬ前にってか。そこで死ねば、その素晴らしい景色にケチがつくってのに」
「しーっ」
「うーん」
同僚たちは刑事がそう言いたくなる気持ちもわかるというように、フッと笑いどこか空気が緩んだ。男は暗い顔のまま、ガイドのようにぺらぺらと喋り、景色を紹介している。
「もう少し楽しそうな顔をしろよ」
「無理でしょう。この後死んじゃうんですもん」
「ふふっ」
『独り占めするのがもったいないと思うほどだ。彼女でもいればなぁ』
「道連れがいなくてよかったよ」
「はいはい」
『えー、それで……おぉ、鳥だ。見たことがない。なんという鳥だろう?』
「……ここで終わりか?」
「は、はい。先輩、今の……」
「……もう一度、最初から再生してくれ」
映像が終わる前、男は鳥を映そうとしたのだろう、カメラを空の方へ動かした。
そう、初めから固定などされてなかったのだ。ずっと手に持ったまま喋っていた。
では、真正面に映っていたあの男は誰だ? 友人? それにしては楽しそうではない。むしろ……恨みがましく。まさか、あの男が殺したのか。
「せ、先輩……」
刑事は返事をしなかった。誰も。無言がさっき見たものを、そして今見なかったもの、その存在を肯定していた。
最初から再生し直した映像から、あの男が消えていた。
テレビ画面には、ただ見惚れるような美しい風景だけが映し出されていた。




