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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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天国近代化

「……ここが死後の世界?」


 そう、青年はボソッと呟いた。白い霧の中、歩いているのか浮いているのかわからない感覚。起きたて、はたまた眠る前か意識がぼんやりする中、その青年はただただ前に進む。何か。それを探し求めているのかさえも分からずに。

 どれくらい歩いただろうか。それすらもわからない。疲れは感じないから然程苦ではないが……と歩き続けていた青年が、はたと足を止めた。

 何かいる。霧の中に影が。

 目を凝らして見つめていると、影が青年の方へ数歩進み出て、その姿が露になった。

 スーツを着ている。顔は女性のようでもあり男性のようでもある、中性的だ。おそらく天使なのだろう。青年はそう解釈した。


「ようこそ、ここが天国です」そう言い、天使がパンと手を叩くと、目の前の霧が晴れ、青年は息を呑んだ。

 天使の背後に、聳え立つ巨大な建物が姿を現したのだ。

 さらに、気づけば青年の周りには大勢の人間がいた。彼らも死に、あの霧の中を彷徨っていたのだろう。この世界にいたのは自分だけではなかったと知り、少しほっとしたような顔をしている。

 その中、青年は暗い顔でまた呟いた。


「ここが天国……?」


「おや、何やら皆さん浮かない顔ですね」


「ええ、まぁ。もう少し、こう、楽園的な……。華やかとは言わないまでも、彩りがあるものと思っていましたから……」


 青年は天使の後ろにある建物を見上げながらそう言った。

 灰色で無機質。まるで工場のような外観であった。

 周りの人間も「おぉ……」や「うーん」と呻き声にも似た、どこか遠慮がちに同意するように言った。


「ふふふ、天国もかつてはそうでした。ですが少々……言うなれば近代化が進みましてね」


「そんなことが……」


「可能なんですよ。考えても見てください。天国にはこれまで死んだ天才たちが集まってくるんです。

その能力をフルに使えば不可能も可能に。ええ、ふふふっ。彼らの頭脳を活かさなければもったいないというものでしょう」


「はぁ……まぁ」

 

 青年はまた建物を見上げた。せめてもう少し可愛らしかったり温かみのある造りにしてくれればいいものを、と思った。

 圧迫感。次いで、現世での嫌な思い出を呼び起こされるような、そんな気がした。

 

「さ、どうぞ。ご案内しますよ。さぁさぁ」


 青年たちはまだ戸惑いながら、天使の後に続いた。ここで何か必要な手続きがあり、その後で思い描いた天国があるのかもしれない。歩きつつそう思った。

 案内されたのは、恐らく一人用のカプセルがズラッと並ぶ部屋。

 虫の卵の集合体のようで、青年は少し気分が悪くなった。

 

「これは?」


「最高の気分が味わえる装置です。この装置の中では思うがまま。

自分が望む天国を体感できるのです。宗教、思想、性的嗜好、多様化する人間の望みに対応した結果というわけです」


「なるほど……いいですね」


 満面の笑みの天使に気を使い、そうは言ったものの釈然とはしなかった。

 自分が思う天国とは……と聞かれると雲の上にいるようで自然豊かで、花の香りが微かにして果実をつけた木があって……など漠然としたイメージしかなかったが、こうも機械的だと味気ないように思えてならなかった。

 しかし、まさにそういったイメージをあの装置が実現してくれるのだろう。カプセルの中に入ると、これはこれで居心地が良い。

 天使がスイッチを押すと青年たちは穏やかな気持ちのまま徐々に意識が薄れていった。

 そしてじわじわと、染みるようにそれぞれの理想の天国の姿が浮かび上がっていく。

 それを天使は僅かに微笑みもせず、ただ見つめていた。


 よし。今回も問題なく装置は機能している。

 本来ならば彼らを放牧し、魂をほぐしてから転生用にまた再利用するのだが、この装置のお陰で、かなり時間を短縮することができた。地上の人間たちの増えるスピードに問題なくついていけている。

 ……しかし、もう少し効率化できないものだろうか。いちいち声かけることなく、そう、掃除機のように吸い込んでそのまま装置の中に。

 でも用済みだと思い、あの天才たちを装置に入れたのは失敗だったか……。今度、天才が来た時は別に取っておくとしよう。


 そう考え眉間にしわを寄せる天使をよそに、青年は至福の笑みを浮かべた。

 きっといい夢を見ているのだ。

 自分の体が湯船に入れた固形入浴剤のように溶けていることに気づかずに……。

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