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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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ボタンをお・し・て

 最近、近所にできたファミレスに来た。前から気になっていたのだ……のだが、おかしいな。呼び出しボタンを押したのだが店員が来ない。

 そもそも今、押せたのか? ここだよな? だんだん自信がなくなってきたが、まあ、もう一度押せばいい話だ。今度はさっきよりも指に力を入れて……。

 うーん、やっぱり押せた気がしない。音も鳴らないし、電池切れだろうか? いや、新しいから硬いのか、それとも接触不良か? 誰か……ああ、いるじゃないか。

 直立不動のウェイトレスを見つけた俺は見えるように手を上げた。

 ……が、ウェイトレスはちらりと横目で見ただけで動こうとしない。


「ちょっと、すみませーん!」


 ふっー、これで…………え、無視!? 全然来ないぞ。なんで、いや、なんだ? あのウェイトレス、口を動かしているような……。何か言って……。


『ボ・タ・ン・を・お・し・て』


 読唇術の心得などないが多分、合っている。俺が呼び出しボタンを指差すとウェイトレスは頷いた。

 融通が利かない奴だ。だから鳴らないって話なんだが、まあいい。呼び出しボタンを手のひらに乗せ、これ見よがしにボタンを押した。

 だがウェイトレスは首を振り、天井を指差した。先にあるのはスピーカー。音が鳴っていないから押せてないということだろうか? 


『そ・の・と・お・り』


 俺の考えを察したのか、ウェイトレスはそんな風に口を動かした。

 いや、だからこれ電池切れじゃないのか?


『だ・い・じょ・う・ぶ』


 ……因みにメニュー表のこのAコースはパンかライス、その二種類から選ぶの?


『え・ら・べ・る』


 エスパーか。そんな能力あるならそこから動かなくて良いから注文をとってくれ。


『ボ・タ・ン』


 交渉の余地はないようだ。上等だ。音が鳴るか向こうがもういいと音を上げるかのどちらかだ。

 俺は呼び出しボタンをテーブルの上に置き、思いっきり体重をかけて指を押し込んだ。

 ぐぐぐぐぐぐ……無理だ。全然押せない。なら、肘だ! ぐぅ! 腕が痺れた……。

 それにしても今のは笑いどころだというのにあの女……。こちらを一瞥しただけでピクリとも口角を上げない。何なんだこの呼び出しボタン、硬すぎるぞ。


「くっうおおおああああふんんんあっはああんうううううぅぅぅ!」


「お、お客様、どうなされたので……」


 震える声。俺が顔を上げると、別のウェイトレスがとんでもないものを目にしたという表情で俺の事を見ていた。


「い、いや、呼び出しボタンを押そうとしてて……」


「え、あ、ちょっとよろしいでしょうか……んー壊れてるみたいですね」


「え……やっぱり、クソッ! いや、あ、じゃあ、替えを持ってきてもらえますか?」


「あ、はい! すぐにお持ちします」


 あ……今注文聞いて貰えば良かった。まぁ、いいか、ここまできたらボタンを押してスッキリしたいしな。


「持って参りました」


「じゃあ、早速」


「え、ご注文なら私が」


「いいからいいから」


 ――ピーポーン


 お、押せた……。何という達成感。ああ、素晴らしい音色だ……心に沁み、うん?


「ご注文はお決まりでしょうカ」


 あの鉄仮面のウェイトレスがやってきた。しかし……。


「あ、私が承るから下がってて……」


「かしこまりましタ」


「あ、あの、あのウェイトレスは?」


 去っていくウェイトレスの背中を指差してボタンを持ってきてくれたウェイトレスに訊く。


「あれはアンドロイドです。ここの系列会社が作ったそうなんですけど……やっぱりまだまだ技術的にアレで融通が利かないと言うか。それでご注文は何になさいますか?」


「あ、ああ。ハンバーグセットのAコースで……」


 かしこまりましたと言い、去っていくウェイトレス。アンドロイド? じゃあ、さっきの口の動きは……?

 アンドロイドの動きを目で追うと元に位置に戻ったのが見えた。呼び出しボタンが押されるのを待っているのだ。

 その横をさっきのウェイトレスがフォークとナイフの入ったケースを持ち、通り過ぎる。

 テーブルにそれを置いたウェイトレスに俺は訊ねた。


「さっきの壊れたボタンはどうなりますか?」


「え、廃棄……ですかね? バイトなので余りよくは知らないので……」


「どうにか俺、いや私が頂くことはできませんか! お願いします!」


「え、え、欲しいんですか?」


「はい! なにとぞ!」


 俺はテーブルに頭をこすりつけて頼んだ。


「は、はぁ、店長に相談してみますので」


「ありがとうございます!」


 大丈夫だ。壊れたボタンにも価値はある。俺はウェイトレスが奥に去ったのを見計らって、呼び出しボタンを押した。


 こちらに向かって来るアンドロイドのウェイトレスは心なしか笑っているように見えた。

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