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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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物質転送装置

 とある住宅街。そこにある、それなりに広い敷地の一軒家から大股で数歩、木造のガレージ内で連日連夜、ガンゴンガンダンドンと顔を顰めるような作業の音が止まずにいた。

 近隣住民からの苦情も警察によるお願いも何のその。『あのイカレ野郎殺してやる』と、近隣住民の我慢も限界に近づいていた頃、とうとうその音が止んだ。


「完成だ……」


 そう呟く博士の目の前にあるのは渾身の発明品。

 

 物質転送装置だ。

 

 ……とは言うものの他の者から見たら小汚い電子レンジ。それが二つ。だが仕方がないのだ。研究費は打ち切られ、こっそり持ち出した機材以外は廃品置き場から調達してきたのだから。

 博士はふぅと息を吐き、ガレージ内を見渡した。

 物が散乱、埃まみれ。汚れた服は積み重なり、端から見ればゴミ屋敷そのもの。だがその苦労もようやく報われる。この装置の実用化が進めば二つの場所を結び、一瞬で世界旅行ひいては惑星間の移動も可能になるだろう。

 輝かしい未来。ノーベル賞。栄光へのチケット。博士は今はまだ何も掴んでいないその手をギュッと握り締めた。そして、今度は大きく息を吐く。


 ……こういう時こそ冷静にならねば。完成に確信は持っているのだが、数十回に一回くらいの失敗はあるかもしれない。

 いざ、披露するというときにその一回を引いてしまっては場がしらけ、装置に対し不信感を持つことに間違いない。

 更なる大型化、そのための開発費をがっぽり頂いた後は多少失敗しても強気でいられるが、その前に見向きもされなくなってはどうしようもない。チェックは入念に行わなければ。


 博士は片方の装置のドアを開け、その中にテーブルの上にあったネジを一つ入れた。

 ドアを閉めスイッチを押す。そしてもう片方はドアを開けずにスイッチを押した。

 ウォンウォンウォンウォンという音とともに、電子レンジもとい二つの物質転送装置のガラスドアから水色の光が放たれ、そしてピシュンという音の後に一方の装置に入れたネジが消えた。


 博士はもう一方の装置に目をやる。こちらも光と音は消え、その中に


「……ない!」


 博士は大きく息を吐いた。

 失敗から来る絶望のため息でも、何が完成だ、などと自分に呆れたわけでもない。安堵の息だ。もしこれが本番だったならと思うと椅子から立ち上がり、背を向け去っていく人々の姿が頭に浮かぶ。


「もう一度、もう一度だ」


 博士は繰り返し装置を起動した。

 原因は何だ? 理論は間違っていないはず。仮にそうだとしてもネジを一本留め忘れた程度の問題のはずだ。

 何か見落としているのか。……わからない。 

 とりあえず金属製の物が駄目ということか?他はどうだ?

 いや、もう一度だ。この鋏はどうだ?

 ……ただ消えた。ネジと同じように。それでは駄目だ。次だ……画鋲も駄目か。二十個ほどか、全部消えたままだ。うん、やはり原因は金属製か?

 ではこの鉛筆は……駄目だ。これも全部消えた。

 ううむ、上手くいくはずなんだが……この問題は一先ず置いておくとして、生き物はどうだろうか?

 実用化した装置を使う際は身に着けている物をすべて外すように言えばいいだろう。

 ……と、マウスを用意していなかった。お、この髪の毛の束は。ああそうか、以前、伸びてきて鬱陶しいからと鋏で適当に切ったのだ。これはどう……駄目だ、これも上手くいかなかった。消えた。溶けたのか?

 ううむ……うぬ、何を見ている? クソッ、ヘラヘラして……。この首振り人形、前から気に入らなかったんだ。失敗しても……よし、消えた。いや、消えたままだから良くはないのだが。

 しかし、送られる側の装置に問題があるのだろうか? いや、送る側か?

 ううむ……。


 唸る博士。気づけばもう夜明けだった。

 窓から差し込む朝日に博士は目を細めた。


 ……少し睡眠をとることにしよう。あと一歩なのは間違いないんだ。この頭の熱を冷ましてみればまた別の角度から気づくことがあるかもしれない。

 博士がそう考え、ガレージのドアノブに手を伸ばしたときだった。


「……は?」


 目が合った。そこにあったのだ。あの不快な首振り人形が。ボーダーシャツを着て、舌をだし、ニヤつく少年。ただしその首はもう動かない。

 ドアに伸ばした博士の右手の親指の付け根に埋没していたのだ。

 どういうことなのかこれは。夢でも見ているのか、と博士は瞼を擦った。何度も何度も何度も。


「かゆ、な、なんだこれは! なん――」


 博士は気づいた。瞼の違和感。はじめは逆さまつ毛かと思った。しかしそれは瞼の内側にあるものだった。

 博士が震える指でそれを摘み、ズズズと引き出すとそれが何かすぐにわかった。

 髪の毛。見覚えのある白髪。それも一本や二本じゃなかった。


「ああうああううあぁぁぁ!」


 途端、眼球をくすぐられるような不快感が押し寄せ、博士は喘いだ。

 しかし、血が滲むように浮かび上がってくる体の異常はそれだけではなかった。

 かゆい、かゆい、いや、痛い。やっかいな出来物のように左腕の表皮が出っ張っている。

 博士が皮膚を掻き、血と共に出てきたのは窓から差し込む朝日にきらめく金色の針たち。


「……あ、ああああああ、あああぁぁぁ!」


 博士は乱暴に自分の服を脱ぎ捨てた。

 腹の不快感。予想はついても見ずにはいられないのは研究者の性か、それともただの反射的行動か。


「ひゃ、ひゃあ、あああああ!」


 博士のお腹にはいくつもの出っ張りがあった。そしてそれは太った男のシャツのボタンが弾け飛ぶようにパシュ、パシュと博士のお腹からから突き出た。まるで黒い棘のようだった。


「ネジ……ねじぇは?」


 博士は自分の顔をペタペタ触りだした。

 頬から突き出た鋏で指を切ったが気にもしなかった。

 ネジはいくら探しても見つからなかった。とは言うものの、博士はそう長く探すことはできなかった。床に倒れ、その空虚な目は台に乗った装置を未練がましく見上げていた。


 ネジは収まるべきところに収まった。

 博士の脳の中に。

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