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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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245/705

海は飲み込む

「気持ちいい……」


 その女は堤防で一人、夜の海を眺めていた。

 今夜は月が真ん丸で綺麗だ。穏やかな波の音。優しい風。思いがけずいい夜に来たものだな、と女は思った。

 そして、よしと一言。手のひらにある指輪を海に向かって思いっきり投げた。

 小さな指輪はその音も水しぶきもすぐに暗い海に飲み込まれた。もう二度と陸に上がることはない。女はそう思った。


 アイツとの思い出もあんな風に一緒に消えてしまえばいいのに……。

 女は別れたばかりの恋人を思い浮かべ、溜息をつく。その時であった。


 ――ガガガガガガガガ


 感傷に浸る女を現実に引き戻した、何かを引きずる音。

 後ろからだ。女がサッと振り返る。

 男性。中年。汗まみれでスーツケースを引きずっている。

 こっちに来る。どうして? こんな夜中に何を?

 すごく重そう。こっちは海しか……海……捨てる?

 ……死体。

 女の肌が粟立ち、呼吸が乱れる。 

 警察に……いや、まさかね……でも、本当にそうなら?

 とにかく、そう、まず逃げなきゃ。ああ、でも一本道なわけだし……。気づかれたら、でもこのままじゃどの道……ううん、もう気づかれて……。

 フラッシュ暗算のように目まぐるしく女の思考が切り替わる。

 そうこうしているうちに男との距離が縮まり、そして目が合った。


「あ、あの……よかったらで良いんですけど手伝っていただけませんか? これ、重くて……」


「え、あ、はい……」


 物腰は低いが断ったら豹変し、殺されるかもしれない。

 そう思った女は二つ返事で了承してしまった。


「ありがとう、途中でキャスターが壊れてしまってね。大変だったんだ」


「ええ、はぁ」


「あ、中、気になる……? 見る?」


「いい、いいいいです! 大丈夫です!」


「そう? まぁ家にある重たい物を詰め込んだだけだけどね。ははは」


「へ、へぇー……」


「まあ、正直言って、そこから捨てるわけだけど、まぁ大目に見てくれるよね……」


「は、はい! 勿論です!」


「ふふふ、気立ての良いお嬢さんだ。おっと喋りすぎかな。不思議なもんだなぁ……」


 恐ろしさのあまり、男から顔を逸らしていた女だったが、ここでチラリと男に目を向ける。

 月に照らされた青白い横顔。男は海を見つめていた。ただただ無表情で。

 今のうちに逃げられないだろうかと女は考えたがmスーツケースを海に落とした瞬間に走り出したほうがそっちに気を取られ確実だと思いなおした。見たところ相手は疲れてヘロヘロ。全力で走ればきっと追いつかれない。


「いやぁ、本当にありがとう」


「いえ、いいんですよ。じゃあ……」


「うん。せーの!」


 二人はスーツケースを堤防の先端から海に向かって落とした。

 その瞬間、女は後ろを向くと同時に走り出した。

 背後で大きな水しぶきの音。


 ……と、女が足を止めた。

 先程の水しぶきの音、その直後にさらに続けてもう一度水しぶきの音が聞こえたのだ。


 振り返るとそこに男の姿はなかった。

 堤防の先まで戻ると月明かりに照らされた影とは別の黒い線。ワイヤーが擦れたような痕だけがそこにあった。

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