天界の味
とあるレストラン。
手を後ろに組んだシェフが右へ左へ少し歩きながら、客の女に熱弁をふるっていた。
「……我々が今いるこの世界。こここそが地獄なんです。
天界の楽園で過ごしていた私たちは順番が来ると記憶を消され、天界から落とされる。
天界で食べていた実。私たちシェフはその味を再現しようとし――」
「ふふっ、もう、何回同じ話をするんですか、シェフ。
でもこのスープ、本当に美味しい。一体どうやって……まぁレシピなんて秘密よね」
「ええ、常連さんでもさすがにお教えするわけには……。でも、そのきっかけになった話でよければ」
「ぜひお聴きしたいわ」
「ええ。では、ん、ゴホン……道を歩いている時のことでした。
当時の私は連日連夜料理の勉強をし大変眠く、おまけに肩も凝っていたので大きく伸びをしながら上を向き、あくびをしたのです。
……その瞬間でした。何かが口の中に入ったのです!
そう、空からね。でも私はあくびの際に閉じた目を開けることができませんでした。
何故かと言いますと、体に痺れるような衝撃が走り、一切動けなかったのです!
蜜のように、とてもとても濃厚で、あぁ、体全体に染み渡るようでした……。
舌の上に乗ったそれを私は余すことなく味わった後、急いで家に帰り、その味を再現しようと試みたのです」
「それでうまく行った……ふふっ、なるほどね。だから料理名は」
「ええ。『天使のスープ』勉強熱心の私に天がチャンスを与えてくださったのだと思っています」
「それを見事掴み取り、今があるわけね。良いお話だわ。運命的なものを感じるわ『選ばれた』ってね」
「ふふふ、ご静聴ありがとうございます。では引き続き料理を堪能してください」
シェフは鼻を膨らませて満足気な顔でテーブルを後にした。
女はフンと鼻を鳴らし、空になったスープの皿を見下ろす。
……それにしてもよく再現できたわね。天界の素材なんてあるのかしら、なんてね。
あれはレシピを探ろうとする者をあしらうための作り話。子供なら目を輝かせそうだけどそうはいかないわ。なんとしても彼のために秘密を暴かなきゃ。そうすれば彼のレストランも……。
スープ以外の料理が微妙な、こんなこじんまりとした店に負けたままでいいもんですか!
そう考えた女は食後。トイレに行くふりをして厨房に侵入した。
……よし、シェフはいないみたいね。今のうちに……なんだ。ちょっと拍子抜けね。冷蔵庫に入っているじゃない。それもペットボトルなんかに。これを温めなおしているのかしら? それともこれに何か加えて?
確認を、と……美味しい。あのスープの味そのものだわ!
うーん、でもこれを持ち帰ってもこの前、お皿のスープをこっそりビニール袋に流し込んで持ち帰ったことと変わりないわ。
なんとか原材料を探れないかしら……レシピなんかはさすがにその辺にはないわよね? どこか貼り付けてあったり……あ、まずい、戻ってきた!
「ふー、なんとかもう少し量産できな……待てよ。そうだ。もしや実のほうも……『天使の実』ふふふふふ」
厨房に入ってきたシェフの手にはペットボトルが握られていた。
シェフがどこか収まりが悪いようにズボンを動かすたびに、その中身のスープがチャプチャプと音を立てた。




