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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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221/705

満たす

 ――カツン、カツン、カツン


 博士は物憂げな表情で靴音響く廊下を歩いていた。

 すると……


 ――カンッ、カラカラカラ……


「ん、今の音は……?」


 物音が聞こえ、気になった博士は音のした部屋に行き、明かりのスイッチを押した。


「おっと、これは失敗。だが都合がいい。さあ、どうぞ。もっと部屋の中へ」


 男のようだ。顔は目元を隠すマスクを着けていてわからない。しかし、その手に持った銃はハッキリと博士の体を捉えている。

 

「……成程。どこかに雇われ、私の研究を盗みにきたというわけか」


「ご名答。まあ、主に殺しが専門なんですがね……とそれは置いておいて、お噂はかねがね。何でも世界を変える発明をしているとか」


「まあ……そうかもしれないな」


「その割に警備が手薄のようでしたが……まあそれはいいでしょう。運がこちらに傾いたということで。

それで、渡していただけますか? それとも銃弾を体に差し上げましょうか?」


「いや、渡そう……ただ、君は仙人について知っているか?」


「仙人? あの仙人ですか? 山で暮らし何か超常的な力を持っているとか。

それに……まさか、不老不死! その薬を開発したのですか!?」


 ここまで冷静だった男も流石に声を荒げた。しかし博士は首を横に振った。


「いや、言いたいのは仙人が霞を食うという話だ」


「霞?」


「まぁ雲のことだな。仙人はそれを口にするだけで生きていけるという。

物のたとえに使われることが多いがな。……さて、研究の成果はすでに『渡した』よ。どうだ? 変化に気づかないか?」


「いえ、何も。いや……う」


 男が口を押えゲップを一つ。


「どうだ? 腹が満たされた気がしないか? 食糧問題を解決したくてな。

これは人から人へとウイルスのように感染する。だからこの研究所には警備員もいない。感染する前に全員、追い出したからな。」


「確かに妙だとは思っていましたが……何故追い出して、いや、そうか混乱……」


「そうだ。世の中は確実に混乱するだろう。もう食べる必要がないのだからな。

栄養素も十分補えるように体は変化するのだ。食料関係の仕事はこの研究所の麓のレストランも含み、皆失業するだろう。いや、酒は別かな? どうだね一杯やるか?」


「……貴方はそれを悩んでいたというわけですか」


「そうだ。これを世に出せばどれだけの人が苦しみ、どれだけの人が救われるのか計算していたのだ。

ただ……腹は満たされても結局争い事はなくならないだろうな。

寧ろ、浮いた分兵器開発に金を注ぐことになるかもしれない。君を雇っている連中を想像するとそう思うよ。

さぁどうする? ここから出て行って世界にばら撒くか? それとも私を殺し、自分も死んで世界を救うか?」


「ふ、まさか。殺し屋なんてやってる人間が世界の幸福を望んでいるとでも?」


 そう言うと男は部屋から飛び出した。きっとばら撒くためだろう。

 博士は大きく息を吐き、その場に座り込んだ。


「うっぷ、危なかった」


 博士はこっそり開けていたボンベの栓を閉めた。

 博士が開発したのはゲップを誘発するガスに過ぎない。何の価値もなく、研究は打ち切られ、警備員も他所へ移された。男に知られていれば腹いせに殺されていたかもしれない。


 博士は口を覆い、また小さくゲップをした。

 しょうもない発明だが命を救ったことには変わりない。と、博士は小さな満足感を胸に宿し、部屋の明かりを消した。

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