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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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盾             :約3000文字 :じんわり

 盾。盾。盾。

 どの角度から見ても、何度見直しても、これは紛れもなく盾だ。

 その盾を抱えて街を歩く僕は、すれ違う人の嫌な視線を防ぐこともできず、意識だけを遠くに飛ばし『今、辱めを受けているのは自分じゃない』なんて自己暗示をかける以外、どうしようもなかった。

 でも、そうすると嫌でも過去の記憶が蘇る。人生って本当にままならないよね。


 つい十五分ほど前のこと。僕は露店を営むお爺さんに声をかけられた。

 赤い布が敷かれたテーブルの上には、スプーンや時計などのアンティークが並んでいた。その中で目を引いたのが、いや、引かざるを得なかったのが、この盾だった。テーブルの大部分を占拠していたのだ。

 西洋の騎士が持つような盾で、鉄製らしく、持ち上げるとずっしり重い。『これって、本物じゃないですよね?』なんて目線を送ると、お爺さんはニヤリと笑って言った。


「触ったら買ってね」


 無視して立ち去ればいいものを、僕はどうにも気が弱い。結局買ってしまったのだ。

 ああ、馬鹿なことをしたと思う。いや、本当に。重たい上に、すれ違う通行人にはニヤニヤされ、勝手に写真を撮られる始末。剣もセットであれば少しはサマになっていたかもしれない。いや、銃刀法違反で捕まってしまうか。

 それにしても、この盾をどうするべきか。捨てるには惜しい。軽くなった財布を思えば特に。けれど、実用性があるとは到底思えない。今、誰かに狙われているわけでも、治安が悪いわけでもない。それでもこの盾は僕を何かから守ってくれるというのだろうか……。

 おや? あれは男の子か。それも……よし。


「君、どうして泣いているの?」


 僕は道端で泣いている男の子に近づき、話しかけた。男の子は涙目で答えた。


「……いじめ……られたんだ」


「可哀想に。ひどいやつがいるもんだね」


「ぼく……気が……弱いから……」


「君は何も悪くないよ……」


 僕はそう言いながら盾に目を向けた。盾は太陽の光を受け、鈍く光った。それが僕には天啓のように思えた。

 そう、この盾は僕を守るためのものじゃない。僕より小さくて弱い、例えばこの子を守るためにあるんだ。


「……君に、お兄ちゃんのこの盾をあげよう。これからはこの盾が君のことを守ってくれるからね」


 僕はそう言って、盾を男の子に押し当てた。すると、男の子は顔を歪めた。


「え、そんなのいらないよ。なんか鉄臭いし……」


「まあまあ、いいから、ほら、触ってごらん。さあほら、大きいよ、ほら!」


「やめて……やだよ! バカ! 重い! いらない! いらないよ!」


 男の子は盾を突き返し、駆け出した。その背中がどんどん小さくなっていくのを見送り、僕はため息をついた。

 まあ、考えてみれば当然の反応だろう。でも、ちゃんと意思表示できたじゃないか。これでよかったのさ……という雰囲気を出しつつ、僕は足早にその場を離れた。

 その後も会社員、主婦、老人とすれ違ったけど、盾を必要としている人は誰もいない。

 盾も時代や状況が違えば、誰かに必要とされていたかもしれない。戦国時代とか、強盗に脅されるコンビニ店長とか。

 けれど、不思議と先ほどよりも人の視線が気にならなくなっていた。むしろ、盾を押し付けようとする僕の目線に気づき、みんな、さっと目を逸らすようになった。

 盾。盾。盾。恨みがましく見ていると、だんだんとこれはもう盾ではないような気がしてきた。

 ゲシュタルト崩壊。見慣れ、手に馴染んできたこの盾は僕自身であり、僕が盾。そう、メタファー。僕を持った盾は、社会から孤立した男性を表し、誰からも必要とされず、でも嘲笑と蔑みの視線だけは向けられて、あー、腕が重い。僕は何を考えているんだ。

 ぐだぐだ考えても盾は盾で、ここに確かに存在している。問題の先送りはやめだ。向き合い、早期解決。決断のとき。アーメン、ナムアミダブツ。ごめんなさい。

 手頃な空き地を見つけた僕は、心の中で謝りながら、盾をそこにポイッと捨てた。

 雑草を押しつぶし、バッタがぴょんと跳ねる――


「ちょっとアンタ!」


 おっと……。


 ……この盾は呪われているのではないか。再び手にした盾を見下ろし、歩いているとそう思わずにはいられなかった。『この装備は外せません』というやつだ。


『捨てようとすると見知らぬおばさんから説教されます。旦那の愚痴も聞かされます。髪型を中傷されます。仲の悪いご近所さんの悪口を聞かされます。最近の若い人は、と一緒くたにまとめられ、責任を被せられます。ただし盾はおばさんの説教からあなたを守ってはくれません。あしからず』


 僕は盾を目の高さまで持ち上げ、そういった注意書きがないか確認したが何もなし。再び盾を前に構えて歩きはじめるとより一層重くなったように感じた。

 これは呪いじゃなくて疲労だ。もう帰ろう。そして盾はちゃんと粗大ゴミの日に捨てよう。


 ……ああ、踏んだり蹴ったりだ。雨が降り始めた。予報では晴れのはず。なんて空を睨んでも、そんなの知らんと言わんばかりに雨を降らす。この状況にふさわしい裏切りの天気だ。

 ああ、やっぱりこの盾は呪われてる。気づいちゃったねっと……いや、そうだ、これは!

 閃いた僕は盾を頭上に掲げてみた。狙い通り、雨をしのげた……が、重たい。それもそうだ。十キロ以上ある鉄製の盾を持ち上げたまま歩くのは無理がある。

 僕は耐えきれず、近くにあった古本屋の軒先に逃げ込んだ。


「こんな盾も空も、全部クソだ……」


 愚痴が口をついて出た。でも、空と盾に向かって吐いた唾は自分に返ってくるようで、僕はこんな盾を買った自分が惨めで、ただ虚しくなった。


「ああ、もー」


 ぼんやりと雨を眺めていると、雨に濡れた女性が慌てて走り込んできた。彼女も雨宿りしに来たのだろう。僕と同年代くらいだろうか。濡れた髪が妙に色っぽい。肌が綺麗で手も――


「え……」


「え? あ!」


 僕と彼女は、互いの持ち物に気づき目を合わせた。


「剣……」「盾……」


 女性の手には西洋の騎士が持つような剣が握られていた。

 なぜ、彼女が剣を持っているのかはわからない。もしかしたら僕と同じように露天商に買わされたのかも。でも理由は訊ねず、僕らは笑い合った。何かがストンと腑に落ちた気がして、込み上げる笑いが収まらなかったのだ。

 そうだ、片方だけじゃ駄目だったんだ。盾だけでは守ることしかできないし、剣だけでは傷つけることしかできない。

 盾と剣。二つが揃って初めて意味がある。相性がいい。もしかして、僕らも……なんて飛躍しすぎだろうか。

 でも、もし僕らが結婚し、産まれてきた子供がこの世界を救う勇者だったら、なんて素敵じゃないか。この世界に魔王なんていないけどいじめっ子から誰かを守ってあげるような子だといいな。

 あれ? ひょっとして実は政府が少子化、結婚率の低下を憂いて、こんな方法で男女を引き合わせたり……それはないか。


「あの……」


「ん? え?」


「ふふっ、勇者みたいですねっ」


 女性は僕に剣を持たせ、可愛らしく笑った。

 ああ、そうか。まず僕が手本になるような勇者にならないと。

 彼女を守ることから始めよう――そう思った瞬間、雨が止んだ。

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