魅惑の匂い
「それで叔父様。頼んでいたものはできた?」
「ああ、これだよ」
この日、貴子は匂いに関する研究を行っている叔父のもとを訪ねていた。
貴子にはどうしても落としたい男がいた。
会社の同僚だ。たまたま、その男が良い匂いがする女性が好きと言っているのを立ち聞きした貴子は、叔父の研究のことを思い出し、相談していたのだ。
「えー、注射? なんだか怖いわ」
「でも、この注射を打てば……まあ、つまりは体臭が男を惹きつける匂いに変化するんだ」
叔父は細かく難しい説明はただ混乱させるだけだと思い、省いた。姪っ子の頭の出来は知っている。男、金、ブランド、ディナー、自己顕示欲を満たすことに毎日手一杯。ごく普通の会社勤めの女性。叔父はそれもまた可愛いところだと思い、微笑む。
それが却って貴子の不安を煽ったわけだが、貴子はしばしの熟考の末、叔父を信じることにし腕に注射を打った。
「……それでどうかしら叔父様。私、良い匂いする?」
「はははっ、そう早く変化はしないさ。それに私らは血縁関係にあるからね。効果も薄いと思う。まあ、今日は帰りなさい」
貴子は適当にあしらわれたのではないか、注射の中身はただの栄養剤の類ではないか訝しがった翌日、考えを改めた。
「えらい目にあった……」
いつも通り通勤電車に乗った貴子だったが、周りの男性らが、やたらと貴子にまとわりついてきたのだ。
体を触るなどの直球な痴漢というよりかは匂いを嗅ぎたがるのだ。ハッキリと鼻呼吸の音が聞こえ、不快も不快であったが、これなら……と貴子はニヤリと笑った。
そして事は貴子の思惑通りに運んだ。意中の同僚から熱烈なアプローチを受け、付き合うことになったのだ。
「と、いうわけなのよ叔父様! 感謝してもしきれないわ!
……なのに報告が遅くなってごめんなさい。彼ったら中々、私と離れたがらなくて、ふふふふふっ」
しばらく経ってから叔父のもとを訪れた貴子。申し訳なさそうにするも喜びが滲み出ていた。
叔父は戸惑いながらも貴子ののろけ話に相槌を打つ。そして、話の切れ目に叔父は言った。
「貴子ちゃん、その、ちょっと……太った?」
「え? ……やぁーだもぉぉぉぉー! 叔父様、そういうのは女性には言わないものよ?
研究ばかりで社会性がないんだからまったくもーう。
でもそうね。彼ったらやたらと私に食べさせるんだもの。
食べてる姿が好きとか、あ、そうだこの前ね」
貴子が再び、のろけ話に軌道を戻す。
叔父は今度は相槌すら打たなかったが、貴子は気づきもしないで楽しそうに話す。
その貴子のぶるんぶるん揺れる二の腕を見て、叔父はただただ、おいしそうと思うのだった。




