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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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207/705

とろとろとろけ

 その男が街中を歩いていたのは午後三時過ぎ。その日は暖かく、どこかまどろむ様な陽気だった。

 ただ、その男は余りもフラフラと歩いていた。

 グレーの帽子にグレーのズボン。ケミカルウォッシュのGジャンに白のTシャツ。耳には金色のピアス、そして裸足だった。

 焦点が合っていなかった、口が半開きだったと複数の目撃者がそう話している。

 どこか近寄りがたく、すれ違う際は皆、避けるようにしていた。はっきり言えば麻薬中毒者。そう思わずにはいられなかった、と。


 だから誰も止められる距離にいなかった。

 その男はその足取りのまま車道に出て、そしてトラックとの衝突。即死だった。

 しかし、ただの事故ではなかった。司法解剖の結果、男にはその事故以前に頭蓋骨に数センチの穴が開けられていたことが判明したのだ。

 何らかの事故、事件に巻き込まれた可能性が高い。

 更に男に前科がある事がわかった。小学生から中学生を対象とした性的暴行。本件はその被害者の関係者による報復の可能性が考えられた。


 容疑者としてまず浮かび上がったのは、その被害者の親である一人の医者だった。医者ならば殺さずに脳に的確にダメージを与えることが可能だろう。

 しかし彼はこの月、講演会のために海外へ行っていた。無論、処置を施した後、共犯者が放流、あるいは脱走とも考えられたが、ここで更なる事件が起きる。

 同市内にて男と同様に未遂を含む性的暴行の前科のある者が計二人、フラフラと街中を歩いているところを発見されたのだ。男と同様に、その頭には穴が開いていた。

 前代未聞の事件に担当の警察署内は震えあがった。どこからか情報を掴んだマスコミ連中に早々に報じられ『世直し』など世論はその異様さに恐怖を孕みながらも湧いた。


 が、それはいつまでも続かなかった。またもや頭に穴の開いた男が発見されたのだが、その男には前科がなかったのだ。

 無論、露呈していないだけかもしれない。しかし、元犯罪者でもない犠牲者の登場は帯びた熱を冷まし、恐怖が体内を巡り、そしてそれをどうにか吐き出すべく、怒りに転化。一般市民は事件解決に鈍足な警察に非難の声を上げたのだった。


 ……ふざけやがって。どうせ捕まえられないだろ。無理だ。むしろ余計なことはするな。さんざん馬鹿にしてたくせに、自分たちが被害に遭うかもしれないと分かった途端これだ。


 世間の風当たり、上からのプレッシャー。くたびれた心を癒すべく、刑事の俺は繁華街を歩いていた。

 過熱された報道で妻に苦労が伝わっているのは都合が良かった。遅くなっても、あるいは帰らなくても不自然に思われない。流石に女の匂いをつけて帰ったらバレるだろうが、まあうまくやるつもりだ。


 目ぼしい女は……立ちんぼは多いがまあ、どれもブスだな。

 ……と、何だ? 

 何やら甘い匂いが……。

 飲食店……違う、花のような、女のような。ああ、いいぞ、いい、いい。はははっ、頭に昇っていた血が下がっていくのが分かるぞ。股間にな。はははははっ。


 ああ、どこだ。どこ。どこだ。

 匂いが濃くなった気がする。

 あ、女。多分あいつだ。あいつも売春婦か?

 聞けばわかるか、と、口の中が乾いてるな。なんで、ああ、俺は馬鹿な犬みたいに口を開けていたのだ。

 唾を飲むと、益々興奮しているやつみたいだな。

 でもそうだ。俺は欲しい。あの女が。

 子供が作った砂の城、雪だるま、ウェディングケーキ。それ以上の崩したい衝動。むしゃぶりつき、たとえそれがもげてバラバラになっても果てるまで欲求をぶつけたい。


「や、やぁ」


 思わず笑いそうになった。上ずった声。俺のか? 俺のだな。と、はははっ。運がいい。積極的な女だ。女が俺の首の後ろに手を回した。いい匂いだ。髪を揺らし、身じろぎし、その一挙一動が匂いを振りまいているんだな。

 ああ、女の指が刈上げた俺の頭に触れる。

 女の口が開く。出てきたのは言葉ではなく、湿った舌だ。

 俺はそれを迎えるように舌を伸ばす。

 絡まりあい、ああ、とろけるようだった。

 気持ちいい。前と後ろ。女の指が嘗め回すように俺の頭を撫でるんだ。

 ああ、指を止め、ただ一箇所を愛おしそうに指で擦る。それが気持ちよく、瞼が垂れ下がる。抗えない。


 ああ、気持ちいい……いや、待て。

 女が今、指で擦っているのは、あの男たちの頭に穴が開いていた箇所ではないか?


「お」


 俺の言葉は口の中に流し込まれた何かによって阻まれた。

 唾液ではない固形物。

 皮をむいた巨峰のように柔らかい何か。喉を通り、下へ下へと落ちていく。

 そしてズブリズリュリと中へ中へと何かが入っていく感覚。

 蜂だ。寄生蜂。

 俺の頭の中にその姿が過ぎった。

 それは、女の指が頭の中に食い込んだことによる閃き、そしてそれが脳の最後の電気しんごうなのだろあああ。

 いい、きもちいい。

 もう、どうでもいいんじゃないかぁ?

 じけんとかせけんとか。

 とろけたのうみそが。

 このあとどうなろうが。

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