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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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197/705

転生したらお嬢様の髪の毛でした

 うーん、まだ眠い。今日も今日とて変わらない朝……にしては何か変な……

 何! この部屋! ひろーい! え、てかこれが私? 滅茶苦茶可愛いけど……。

 ん、なんか……え、うん? あれ? そっち!? 私、髪の毛になって、えええええ!




 なるほどねー。朝起きたらまずメイドさんが身の回りの世話をと……。うーん、どこのいいとこの娘なんだか。私の家とは大違い。

 それはそれとして気持ち良い~。きっとこのブラシも高級品……。うー、エステにいってる気分……。ホワホワする……。


 ばっちし着替えを終えたこの子は廊下に出た。

 名前なんだろ? お嬢とでも呼ぼうか?

 お、駆け寄ってきたこの子も美人……。あ、ちょっと、そんなに触られるとなんだかこそばゆい。今日はいつにも増して髪の艶がいいって、そう言ってるのかな? そういえば言葉が全然わからない。英語かな? ううん、フランス語? うーんわからん。

 でも、お嬢の感情はわかる。脳に近いからかな? なんだか、この子のことをあまり良く思っていないみたい。嫌いって訳でもないみたいだけど……。お嬢と同じく身なりがいいからひょっとしてお姉さん? まぁ、姉妹なら色々あるか! 私は一人っ子だからわからないけど――

 お! 何あのイケメン! あ! ……お姉さまと腕組んであーそういう。

 うーん、お嬢、あの人が好きなのね。

 ああ、行っちゃう。

 なんとかなんないかな……。


 え!


 おお!


 ―――ヒュ、バシイイイイイイ!


 すごい! 髪、てか私伸びてる!

 さ、さ、イケメンくん、こっちへ……。

 え! 何あれ! 衛兵ってやつ!? お嬢ってどんだけお嬢様なの!?

 や! ちょっと放してよ!



 …………お部屋に逆戻り。あーあ、良かれと思ってやったのに。もっとこの家の中の事知りたいのに、閉じ込められちゃったっぽい……。

 まー私もやりすぎたけどさー。まさか衛兵を蹴散らせるとは思わないじゃん? 気分よくなっちゃって。

 あーあ。お嬢も落ち込んだまま眠っちゃったし退屈。私も眠ろうかなぁ……。


 ん、誰か入ってきた。

 朝のイケメン!

 夜這い!?

 えー! 見ててもいいのかな!

 ……え、何それ。

 ナイフ?

 お嬢、危ない!

 こんのおおお!

 ぐぐぐぐぐ、この子、命の危機だってのに全然起きないし……


 うー、えい!


 ――シュルルルルル


「あばばばばばばばばば」


 うへぇ気持ち悪い。思いっきり、髪の毛を突っ込んじゃった……。

 うわぁ、何だか汚れちゃったな。


「きゃああああああ!」


 あ、起きたの。大丈夫! あの人は実は暗殺者で、でも私が――




 ふー、あんなに慌てて家を飛び出さなくても悪いのはあっちなのにねぇ。

 でもまあ、もしかしたらあの姉に悪者に仕立て上げられて、処刑なんて事もあったかもしれないから逃げるのはいい判断かもね。

 て、いうか道に迷ったんじゃないの? 森でしょここ。ぼんやりしてるからまったくもう。これだから世間知らずのお嬢様っていうのは……。


 え……なにあれ?

 でか! 怖!

 猪人間!? モンスターってやつだ! そんな世界観なのここ!?

 て、やば! 逃げ……あーあ座り込んじゃったよこの子。腰抜かしちゃった?

 しょうがないな……。私がやるしかないか。


 それそれ! 縛っちゃうからね!

 ……う、力、強い……さすがモンスター。

 もっと、もっと力……。


 ――ギチギチチチチ


 ――ボトッ


 お、おおおおおおおお! 首取れた! やった!

 うわぁ、でも返り血が……。

 これ、綺麗にならないかな?

 どっかに温泉でも……おぉ?

 すごい! 何これ! 急に綺麗になった!

 なんだろこれ! イメージしたからかな? 魔法? スキルってやつかな?


 ……お、ゾロゾロとまた。

 アンタたちは知ってるよ。

 ゴブリンって奴だ。

 ふふん。ま、かかっておいで。




 ふー! ようやく町に着いた! もう日が暮れちゃったじゃない。お嬢ってばホント落ち込んだまま。まぁ仕方ないか。お嬢様育ちだし。綺麗にするスキルは私(髪)にしか効かないみたいだしなー。

 さ、さ、夕飯食べよ! 栄養とってくれないとなんだか私も元気なくなっちゃうでしょきっと!

 あ! ほらほらこっち! あの店! あんまり世話焼かさないでよね! 髪の毛が動いているところを見られたらまた変な目で見られるからさ!



 ふー満腹。って言っても私が食べたわけじゃないけどね。

 ん、何アンタら。ちょっと! お嬢をどこに連れてこうって!


 ははーん、鼻息荒くしてニタニタ笑ってそういうこと。裏路地でこの子の体を好き放題ってさせるわけないでしょう! 相手が悪かったね。

 でも剣か……。切られたら私どうなっちゃうの? 死ぬ? 痛い? 怖……。

 もっと硬く……それでいて鋭く……。


 ――ザシュ


 おお? 軟らか!


 ――ドス


 ははっ! プリンみたい!


 ――ズリュリュリュリュ


 なーんだ! 楽勝じゃん! ほら、もう泣かなくていいよ!

 頭ヨシヨシしてあげよう……あ、血がついちゃった。

 ってあた! 何で叩くのさ! いいじゃん! お風呂入れば! 私がいなかったらどうなってたか……ん? どこ見て……お? お、おー! 新たなイケメン登場! まさかまさかの恋が。あんたも中々ねぇ。



 ふー、いい朝だ。ふふ、元気になっちゃってまぁ。

 あの騎士みたいなイケメンとはすぐ別れちゃったけど何か話していたから、デートの約束でもしたのかな?

 ほーんと単純。ま、いいけどね!


 お、この建物に入るのね。いたいた、うーん、やっぱりイケメン。前のより断然、こっちのほうがいいじゃない。大逆転ね。災い転じて……なんだっけ? まぁいいや。


 え、なに? 水桶? 洗ってくれるの? やっさしー。まぁ、いつでも綺麗にできるスキルがあるからいいんだけど、ここは甘えときますか。

 うー、なんかシュビビビビってするこの水。炭酸? と、イケメンはなんだか呪文みたいの唱えてるし、実は変な人?

 ……え、すご! 剣が光りだした! それで、それで?

 え……私たちを斬ろうっていうの!?

 ちょっと! アンタも何諦めてるの! 殺されるんだよ!


 ……しょうがない。やるしかないか。


 う!


 強い!


 一切こっちの攻撃が通らない。一旦逃げるよ!


 って囲まれちゃった。成程成程、暗殺団のおそろいって訳ね。

 さてはあの姉の仕業ね。ゾロゾロと……。

 でもこいつらなら何とかなるか。



「あがあああああ!」

「ああああびびびびびびび!」

「あああううううあああああ!」

「うごああああびゅう」


 一人も逃がさないよっ!



 ……よしよし、これでまた強くなった気がする。

 経験値獲得ってやつね。そう、もっと硬くもっと鋭く……。お、イケメン悪騎士。やりますか。


 はっはぁ! 雄叫び上げて勇ましいことで! でもでもその剣、もう私の髪の毛一本と互角程度じゃない! 人間に髪の毛何本あるか知ってる? うーん、私は知らない。

 さ、やっちゃうよ!

 え、やば……何? 最終奥義的なやつ!?

 剣がすんごい光ってる。

 うー! じゃあ、こっちのもくらえー!



 ……あらら、思いっきりやりすぎちゃった。結構壊しちゃったけど……私のせい?

 まあ、請求はあいつらにしてもらおう。うん、それにもしかしたら賞金首ってやつかもしれないし感謝されるかも!


 お、まだ生きてるじゃん! って言っても、もうダメそうね。


「……サ、サンラウリ」


 うーん、だから何言ってるかわからないって。この子と意思疎通ができたらいいんだけど……。


「えへへへへひひひひひひへへへへへ」


 あーもう。ショック状態ね。ま、激戦だったからね。まったく世話が焼けるんだから!

 これからも私が支えてあげる……って、それにしても……この夢、いつ覚めるの? 学校に遅れるからもう終わっていいよー!




 あの髪に触れた瞬間、私の体に怖気が走った。

 花に触れた瞬間、裏側に隠れていた芋虫が指に乗ったような、そんな感覚。髪が私の指にそっと絡みついてきたのだ。

 私はすぐに指を離し、感情を押し殺し、笑顔を取り繕った。

 何かがおかしい。何かが最愛の妹に起きている。

 私は一先ず、何も知らない彼とともに、その場から離れようとした。相談するために。何なら気のせいだよと言われたかった。

 しかし、あの髪が彼の体に伸びた。締め上げられた彼の指は見る見るうちに赤く、そして赤紫色になり静かに皮膚が裂けた。

 だが、何よりも恐ろしいのは流れ出た血が一滴たりとも床に落ちなかったことだ。乾いた布に水が染みこむように、あの髪が吸い上げているのだ。

 彼の悲鳴。私が初めて聞くものだ。温和な彼はこれまで一度も大声を上げたことはない。

 あまりの悲痛な叫びに私は耳を塞ぎ、更に自分の悲鳴で蓋をしようとした。

 しかし、そうはしなかった。安堵。ガチャガチャとこちらに迫る音を聞いたのだ。衛兵の鎧が鳴る音だ。これで彼は大丈夫。そう思った。

 でも甘かった。あの髪は駆け付けた衛兵をいとも容易く投げ飛ばしたのだ。引きずり、壁に、床に、天井に叩きつけ、そして……あの髪は笑ったのだ。

 いや、私がそう感じただけのことだ。実際に笑い声がしたわけじゃない。

 でも、あれは私たちとは別次元の生き物だと直感した。あれは私たちを何とも思っちゃいない。

 妹はショックのあまり、その場で気絶し、髪はようやく大人しくなった。

 しかし、触れれば土から出されたミミズのように跳ね回る。慎重に妹の部屋へ運びこみ、鍵をかけた。


 自分の無力さに打ちひしがれる私を彼の方こそ怪我をしているのに優しく慰めてくれた。

 そして僕が何とかすると言ってくれた。

 止めるべきだった。

 でも彼の胸に抱かれ、その脈と体温に安心し、愚かにも私は彼ならきっとできると思ってしまったのだ。


 次の話は駆け付けた者から聞いたものを私の想像で補ったものだ。

 彼は夜中、みんなが寝静まったのを頃合いに妹の部屋に入った。


 ドアの隙間から廊下の明かりが差し込む。

 彼の手に白刃が光る。

 彼はナイフであの髪を切断しようとしたのだ。

 でも阻まれた。

 あの髪は、あの悪魔の髪はきっとこちらの感情を殺意を読み取ることができるのだ。そしてその上で、弄び……。

 妹の悲鳴で駆け付けたメイドがその部屋でまず目にしたのは彼の生気のない背中だった。

 ダランと腕は垂れ下がり、ベッドにいる私の妹を見下ろしているようだった。

 だから、何をしようにもまだ事が始まる前だと、メイドは思った。


 彼が振り返るまでは。

 その目、耳、鼻、引き裂かれんばかりに広げられた口の中から髪の毛が溢れ出していた。

 植物の根が地中に広がるように妹の頭から彼の体内まで伸びた髪の毛は、その肉をズタズタに引き裂き、そして血を啜っていたのだ。

 彼の体はゆっくりと浮き上がり、天井に磔になった。

 まるで家畜の血抜き。あの髪はそのほうが血を吸いだしやすいと考えたのだろう。

 もはや悲鳴も殺された静かな部屋で、彼の体から漏れ出た尿だけが音を立てていた。


 責任を感じた妹は手紙を残し、姿を消した。

 窓から身を投げます。もし上手く行かなければ山で一人、魔物に襲われて死ぬと。

 部屋で大人しくしていると思っていた私は気づくのに遅れ、慌てて追いかけた先、私と衛兵が目にしたのは魔物の死骸の道。町の方に続いていた。

 そして瓦礫となった町。その宿屋のあった場所から私はこの日記を見つけた。目を引くのは町に着いてからのあの子の話。


【三人の男性に呼び止められ、路地裏のほうに連れ込まれました。

息を荒げていて、彼らの恐れがこちらにも伝わってくるようでした。

あんたのそれはとんでもない化け物だ。何とかしてやる。

私を安心させるために震えながら笑顔を作る優しい人たちです。

でも、あああ……なんて惨い。

この髪はどんどん強くなっているのです。

髪はまず、いくつかの束を作りました。

そして、その一つが一人目のお方の首をナイフのように切りつけたのです。

次に二人目のお方の頭を貫き、三人目のお方はああ、なんて惨い……。

目玉の中に……。

でも、惨劇のあと、あの方が現れたのです。

勇者様。

明日の朝。教会で悪魔がとり憑いた忌まわしきこの髪を断ち切ってくださると、そう約束してくださいました。

協力してくれる冒険者仲間も大勢いるそうです。

上手くいったならもう一度家族に、お姉さまに会いたい……。

どうか、どうかこの悪夢が終わりますように……】

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