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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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189/705

『繰り返します! 皆さん、落ち着いて聞いてください。全人類に○がつきました。この謎の現象は――』


 アナウンサーが神妙な顔をして言った。手の甲についた、その○を見せつけるようにしながら。

 ある日、突如として全人類の体に印がついた。

 まんまるまあるい、丸だ。○。○。○。手の甲、顔、首、頭など、主に目立つ部分に一人ひとつずつ、その○は現れた。洗っても擦っても落ちず、この超常現象にマスメディアは大いに賑わった。それに煽られるように大衆も湧き立ち、グッズ展開や陰謀論が飛び交うカオスな空気感が漂った。しかし……。

 

「おいっす!」


「ん、お、おお」


「なんだよ、神妙な顔してぇ。元気ないなぁ、ほれほれ!」


「はは、やめろよ、近いよ……」


「まーる。まる! まるまるまる!」


「手を擦り付けるなって。毛も剃れよ」


「はははっ! ま、確かにそうだな。俺のこの○が目立たないもんなぁ。んで、お前のも見せろよぉ」


「おれのはいいよ……」


「なんだよぉ。どこにできたんだよぉ。あ、まさかお前……」


「えっ」


「尻の穴の周りにできたんじゃねえの!? ここよ、ここを掘って! 狼男さぁぁん! アオアオアオーン!」


 おれは、空中に手を添えて腰を振り始めた奴を思いっ切りぶん殴ってやろうかと思った。だが、副社長に話しかけられたため、その機会は流れた。


「まったく、ロビーで何を騒いでるんだ」


「あ、副社長殿! おはようございます!」

「おはようございます……」


「また○のことで騒いでいたのか。もう一週間経つんだぞ。浮ついてるんじゃないよ」


「ははぁ、すみません! ……ですが、やっぱり嬉しくないですか?」


「○があるくらいで喜ぶんじゃないよ。わが社の社員なら当然だ。社長もそう仰っている」


 うちの社長は額のど真ん中に○がついた。目立つしどこか間抜けに見えるが、本人はまんざらでもないらしい。


「あの、副社長……」おれは訊ねた。


「ん?」


「○がない社員はクビとの噂があるのですが……」


「ああ、当然だな。○がない理由があるに違いない」

「欠陥品っすね、うぷぷぷ」


「まあ、君たちは期待のエースだ。当然○はついているし、問題ないだろう。そんなことより、いつまでもこんなわけのわからん現象に気を取られるんじゃないぞ」


「んふぅ、とか何とか言って、副社長殿もおててにぃ、立派な○をお持ちじゃないですかぁ。それ、肌のケアとかなさっているんでしょう?」


「ふふん、わかるかね?」


「ええ、わかりますともっ。ははははは!」

「わはははははは!」


 馬鹿。馬鹿。周りにはまん丸、大きく口開けて笑う馬鹿ばかりだ。

 多くの人々に○がついた。そう、多くの人々。つまり全員ではない。世界の人口の三十分の一ほどの人間に○がついていないと言われている。しかし、実際のところはわからない。自己申告を避けているからだ。ただ、○がついていない人間が少ないことは確かだった。

 この現象は一体何なのか。どういう意味があるのか。どこから湧いて出てきたのか知らないが、超常現象の専門家やらなにやらがワイドショーで連日のように話をしているが結局、どれも憶測でしかなかった。


『これはですねぇ、人の心。つまり潜在的なものが表面に現れたわけなんですねぇ』

『神の御業です。そうとしか言いようがないでしょう?』

『宇宙人の仕業です。実は私、冥王星人なんですけどもね、宇宙人の友達に聞きました』

『私の守護霊が言うには――』

『とにかく、○がない奴は欠陥品ですよ! あん? 駄目? みんな思ってることだろうが! 言っていいだろう! 何がいけないんだよ!』


 しかし、これがどういうことかはわからなくても、どうなるかはわかる。

 

 迫害だ。


「ねえねえ、怖い顔してどうしたの?」


「ん? ああ、君か」


「ふふっ、君か、なんて名前で呼んでよ。いつもみたいに」


「こらこら、指を絡ませるなよ。社内だぞ」


「ふふふふっ、ねえ、今夜どう? あなたの○○○に触れさせて。それで、私の○○○を撫でて」


「おい、やめろよ……」


「むぅ、最近そっけないなぁ。ねえ、知ってる? お互いの○を触れさせながらすると、もっと気持ちよくなれるって」


「ただの迷信だろ。仕事があるんだ。じゃあな」


「あっ、待ってよ」


 ○がつく前と後で、この世界の人々の視線は確実に変わった。小学校や中学校では、○がない子がいじめの対象になっているらしい。職場でもそうだ。周りから変な目で見られたり、不当な扱いを受けていると警察や市役所に相談が寄せられているとニュースで報じられていた。

 一応、『○がついていない人に対する差別的な言動、行動は控えましょう』と、官房長官が会見で呼びかけた。しかし、それだけでこの世から差別が消え去るなら簡単な話だ。人の意識というものは、そう容易く変えられない。それも差別意識、あるいは特権意識か。大多数で少人数をいたぶる快感。正義が自分たちにあるとなると、なお気分がいいのだろう。

 ああ、正義。誰が○を善と決めた? 神か。馬鹿馬鹿しい。だが、○がついた連中は心のどこかに自分は認められたと感じているようで誰も彼も浮ついているのだ。

 そして、そう……おれには○がついていない。それが何を意味するか――


「きゃあ!」

「今の音、なに?」

「外?」

「飛び降りだ!」

「屋上からか!?」

「いや、いやあああ」

「宗田さんらしいぞ」

「ああ、○がついてないって言ってた人か」

「じゃあ、まあ……」

「しょうがないか」


 ……お前は不用品なんだ。そう言われているように感じるのだ。毎分、毎秒。


「嫌ねぇ……巻き込まれなくてよかった」


「おい、いい加減、手を放せよ」


「もう……あなた、最近変よ? あ、もしかしてぇ、○がなかったりして」


「な、そんなわけないだろ」


「ふふっ、そうよね。でも、まだ一度も見せてくれてないよね? どこにあるのかなぁ?」


「そんなこと言ったら君だって見せてくれたことないだろ?」


「だって、こうなってからあなた、そっけないんだもん。一度もしてないよね?」


「仕事があるし、世の中が混乱しているから仕方がないだろ……」


「ふーん、ちなみに私のはここだよ」


「お、おい、会社内だぞ、早くボタンを閉めろよ」


「やっぱり、そっけないなぁ。まあいいけど、誰にも見せてないなら、私に一番に見せてよね」


「ああ、考えておくよ」


「来週までにね、ふふっ、どんな恥ずかしいところにあるのかなぁ」


「君もあいつみたいなことを言うなよ……それと、今週はまだ忙しいから、外で会うのは無理だ」


「えー、でも身体検査前には見たいし」


「身体……検査?」


「え、知らなかったの? ○をチェックするんですって。他の会社でも実施するそうよ」


 おれは彼女と別れ、そして逃げるように会社を辞めた。相変わらずネット上では○がない者に対する煽りや罵りが飛び交い、下種な週刊誌、やがてテレビまでも○なしを嘲笑するような流れができた。いや、意図して作られたのか。連中は、人間はろくでもない。

 そして、その空気に煽られるように実社会でも○があるものとない者の衝突が起き始めた。喧嘩で終わるならまだいいが、○がない者に対する集団リンチ事件などが発生し、状況は目に見えて悪くなっていった。

 再就職は困難を極めた。『君、○ある? 見せてよ。今ここで』と変態っぽいジジイの面接官が言う。だが、もはやよくある話だった。『○がないのは社会不適合者の証』馬鹿な噂だ。囚人にだって○はあるというのに、アルバイトの面接でさえ、○を見せるよう要求された。

 そして、『○がない者は数年以内に死ぬ』などの噂が流れ始めると、絶望し自ら命を絶つ者や犯罪に走る者が出始め、○なしに対する世間の風当たりはますます強くなった。

 油性ペンで○を書いて偽装する者もいたが、それはたぶん、カツラ被るようなものだ。自分には嘘つけない。うちから湧き出る劣等感、不安感はごまかすことができない。心を病むのは当然と言えた。自殺自殺。○に首を通し、首吊り自殺。飛び降りて血で○を描く。そんな人間が大勢いた。しかし、死んだ後も風当たりは強かった。あいつは○なしだ。気にすることはないさ。むしろよかった、と。

 

 こうして、謎に包まれたこの現象はゆるやかに世の中を荒れさせた。しかし、芸能人のスキャンダルが続報がなければ、そういつまでも関心を集めないのと同様に、この件も続報がないため大衆は次第に飽き、最後の一波『○なしに対する差別を法律で禁止する』という政府からの発表があったところで落ち着いてきた。

 ……ふざけた話だ。受けた屈辱、仕打ちは忘れられない。おまけに潜在的な差別意識は消えてはいないのだ。

 

「来月、この会社を閉めることにしたよ……。悪いね。君は仕事ができる人だから、きっと大丈夫だと思うけど……」


「そんなこと……ない、ですかね……ははは、自分がわからなくなってきましたよ」


「大丈夫、自信をもって。○がなくたって、これまでうまくやってきたんだから……って、ははは。○がない私が言ってもなぁ、って話か、はははははは……」


「○がないおれを受け入れてくれた社長がしてきたことは間違ってなんか……ないですよ……」


「うんうん、ありがとう……でも、取引先がね、ははは……○がない人とはちょっと付き合えないってね……ははは……」


 おれは憎い。社会が憎い。煽り立てる奴が憎い。乗せられる奴が憎い。この現象を起こした奴が憎い。それは果たして、神なのか。で、あればこれは罰なのか。いいや、×はお前らだ。お前らお前らお前らみんなみんな死んじまえ……。

 おれは就職先を探すことを諦め、貯金を切り崩して家に引きこもり、日々を送った。

 世界に呪われ、おれもまた世界を呪い、どう死んでやれば連中に、この世界に傷を負わせられるかばかりを考えていた。

 そしてある日、おれの呪いは天に届いたのか。いや、初めからそういう予定だったのだろう。審判の日。それは前触れもなく、訪れた。


「あ、あれ……」

「嘘だろ」

「で、でも、あはははは」

「ああ、きっと大丈夫さ……」

「でもまさか……」

「宇宙船が……」


 空に浮かぶ、いくつもの巨大な宇宙船。それが世界各地に同時に現れたのだ。

 奴らだ……。全て奴らの仕業だったのだ! 奴らのせいでおれは、おれたちは……。


「降りてこいクソ野郎! おれをなめるなよ!」


 おれは家の外に出て、空に向かって叫んだ。驚いた顔で空を見上げていた周りの奴らが、おれを嘲笑するような顔で見てきた。

 奴らは自分には○がついているから大丈夫だと思っているんだ。


「ねえ、あれって」

「ああ、○なしじゃないか?」

「ぷふっ、こわーい」

「あいつ、きっと殺されるぞ」

「そのための印だったんだ!」

「不良品」

「不能者」

「不適格」


 連中がこちらにも聞こえるような声でそう囁き合う。

 クソ食らえだ。ああ、好きに言え、笑え。おれは構わず宇宙船を罵り続けた。

 すると、突然、びりびりと体の芯まで響くような重低音がした。開いた、宇宙船のハッチが開いたのだ。

 おれは身構えた。周りの連中も黙り、呆然と宇宙船を見つめた。

 おれはハッチから宇宙人が降りてくると思った。だが、違うようだ。そこから眩い光が地上を照らし、そして風が巻き起こった。


「光だ!」

「人が! 人が吸い込まれていくぞ!」

「私たちを連れ去る気よ!」

「いや、これは……」


「はははははははは!」「はははははははは!」「はははははははは!」「はははははははは!」「はははははははは!」


 光に包まれ、ゆっくりと体が浮き上がり、空にある宇宙船に向かっていくその最中。おれは手足をだらしなくぶら下げ、地上から噴き出るようなその笑い声に耳を塞ごうともしなかった。

 食用か実験台か、何かに利用するつもりなのか、それとも廃棄処分か。もう、どうでもいい。○なしのおれは何されても仕方がないのだ。

 ……ああ、思いついた。恐らく、これは地球の環境保全だ。増えすぎた人類の調整に奴ら、宇宙人は不要な人間を品質の悪いコーヒー豆を摘むように処理しに来たのだ。完全に根絶やしにするのは慈悲の心が咎めたのか、それとも急激な変化は却って環境に悪影響を及ぼすと考えたのだろう。だが、どうでもいい。もう、どうでも……。


 えっ……あ、○だ。○だ、○! はは、ははははははは!


 おれを乗せた宇宙船は地球を離れ、窓の外を眺めたおれは笑った。

 外に大きな○があった。巨大な隕石が、まあるい地球に向かっているのが見えたのだ。

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