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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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恐ろしい噂

 その少女は道の真ん中でピタリと足を止めた。

 目だけで数を数える。一、二、三……件の家は手前から数えて四軒先だ。

 今すぐにクルリと身を翻し、ここを立ち去れば何事もなく明日を迎えられる。

 例え、散歩中の犬が飼い主の持つリードを振り払い向かってこようとも、危なげに蛇行する車が目の前から迫ってこようとも、あの家の前を通る以上に危険なことはない……らしい。

 少女はあの家に近づくことを母親に固く禁じられていた。

 その理由。あの家には『変な人』が住んでいるらしい。少女のクラスでもぼんやりと噂になっている話だ。

 変態。若い女の子が好きでニヤニヤしながら見つめていた。付け回したこともある。それに警察に捕まったこともあるらしい、と。


 少女は一歩。また一歩、その通りを歩いた。この道を行かなければ家まで、遠回り。煩わしい。それが理由。

 暗い、ジメジメとした空気感。今日は曇り空だからだ。あとは刷り込まれた先入観。それだけのこと。

 ただそれは一つ家を通過する度に強まっていく。

 そして問題のあの家。少女は目に見えないスタートラインを引き、その家と隣の家の境目の位置で足を止めた。


 何かが起きる気配はない。静かだった。とても。

 一気に走り抜けてしまおうか、と、少女は考えた。

 もし仮に、隠れている異常者が飛び出してきたとしても少女には逃げ切る自信があった。

 大人の男に追いかけられた経験はないが、幼稚園の頃に先生とした追いかけっこで自分が捕まった事は一度もない。

 ただ、念のためにその家から遠い、道の端まで寄った。


 その位置から斜めにその家を見れた。

 なんてことはない。ちょっと大きめだが、よくある二階建ての一軒家。建てられてからかなりの年数が経過しているだろう。外壁は白いが墨汁と水を混ぜたバケツにつけた雑巾で拭いたようにくすんでいる。

 もし太陽が照らしても眩しいほどに反射することはないだろう。玄関の上の雨避けの屋根はペンキが剥がれ落ち、木の部分が露出しているのがわかる。きっと大きなほうの屋根もボロボロだろう。雨漏りもしているかもしれない。窓ガラスが割れているといった事はない。落書きも、変なオブジェもない。ただの古い家。

 この距離なら、もし家の前を通った瞬間、ドアが開けられたとしても充分に逃げ切れる。

 でも、もしあの泥を塗ったような古びたレンガの塀の裏に隠れていたら……。

 少女はそう思うと、トイレに行きたくなるような感じがした。益々、遠回りなどしていられない。

 少女は覚悟を決めた。


 家の前をゆっくり通り過ぎる。

 なんともない。

 なんてことはない。


 ――キイイイィィィ、コオォォォ


 不気味な音。金属的な何か。

 少女はビクッと飛び上がりそうになったが堪え、音のほうを見た。

 それとほぼ同時にそれは少女の目の前を通過した。

 跨る人同様に古びた自転車。それが奏でた音だったのだ。


 その老人は家の前に止まると門を開け、自転車を頼りない手つきで敷地の中に入れた。

 家の鍵をあける音。中に入った。


 拍子抜け。


 普通のおじいさん。それも弱そうな。あれじゃ、噂に真実味がないどころか大嘘かもしれない。実際、こちらをちらとも見はしなかった。

 それにやっぱり家も……。


 少女は落ちていた石を手に取り、窓ガラスに向かって投げた。

 割れた音。

 それを合図に少女は走り出す。


 そして少女は思った。

 

 今ので少しは不気味になった気がする……でもまだまだ足りない。もっと汚して、それに動物の死体とか置いて……それにもっと話も怖くして……そう、あの家は呪われているって。

 ふふふ。これから楽しみね。もっと怖くなって貰わないと、平気な顔しててもみんなから勇気があるって思われないもの。

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