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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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死者の音

 その青年はやや駆け足気味で道を歩いていた。

 まだ待ち合わせの時間まで余裕がある。にもかかわらず気持ちが急いて、体に出ていた。

 それに気づいた青年は自嘲的な笑みを浮かべ、スピードを落とす。しかし、心臓の鼓動は未だ速まったまま静まろうとしない。それはきっとこれから向かう場所のせいだろう。想像しただけで緊張し、喉が渇く。

 落ち着こう。そうだ、深呼吸だ。そう考えた青年は歩きながら深く息を吸い込む。

 ……が、吐く瞬間、背後から大きな音が聞こえ、思わず咽せ返りそうになった。


 車のブレーキ音。そして何かにぶつかったような音。

 青年は振り返り、音がしたほうを見た。

 その瞬間、車がガードレール向こうの道路を通り過ぎた。

 轢き逃げ。そう考え、車のナンバープレートを確認するが、それにしては落ち着いた走りだ。

 なぜ……かはすぐにわかった。どこを見ても死体も、怪我人もいないのだから。


 中年の女性が不思議そうな顔をして青年を見ながら横を通り過ぎる。

 青年はばつが悪そうに頭を掻いた。

 幻聴。しまったな。これから大事な用なのに。それほどまでに緊張しているということだろうか? 確かに昨日は興奮してよく眠れなかったけど……。

 まあ、いいや。気にせず行こう。遅れるわけにはいかない。


 ……と、自分を納得させた青年がしばらく進んだ先。

 聳え立つマンションの前を通り過ぎようとしたその時、またもすさまじい音がした。

 何か重たいものが上から落ちた。そんな音。

 すぐに振り返るもそこには何もない。


 変だな。遅れるわけにはいかないけど……気になる。

 そう思った青年が音がしたほうへ一歩近づくと、またもすさまじい音。

 間違いない。この場所だ。

 上から何かがこの場所に落ちてきた。

 いや、今もだ。こうして立ち止まっている間もそれは一定の間隔で落ちてきているのだ。

 透明な何か。しかし、妙だ。周りの人の様子からして自分にしか聞こえていないのもそうだが、体に響くような、そんな重たいものが落ちてきているのに試しにと青年がその場所に置いてみた硬貨が微動だにしていない。


「ケンカとかならやめてくださいねー!」


 頭上から声がし、青年は見上げた。マンションの住人がベランダからこちらを見ている。


 喧嘩? 何を言っているんだ?

 そう思い、不思議そうな顔をしながら見上げる青年。


「……お供え物。カラスが荒らして大変なのよ」


 その様子を察したのか、住人はそう説明を付け加えると部屋の中に戻っていった。


 献花。つまり誰かここで……あ。

 青年は、ああ、と声を上げた。合点がいった。自分が耳にしていたのは死者の音なのだ。

 考えてみれば死者自身がこの世に最後に残すのは『音』だ。

 死ぬ瞬間の最後の一言。それも音だ。心臓の鼓動が止まる。それも音。そして、車と衝突。飛び降り自殺。地面に落ちたその音。

 音の幽霊。残滓。それを聞いたのだ。どうやら一定の範囲内に入ると聞こえるらしい。

 良かった。スッキリした……と青年はハッとし、走り出した。いつの間にか待ち合わせの時刻までもう残りあとわずかとなっていた。




「先輩! 遅れてすみません!」


 青年の方を向いた女はムッとした顔を作り、またすぐに悪戯っぽく微笑んだ。

 高校時代からの憧れの先輩。青年は今日、その先輩とレストランで食事する予定だったのだ。

 その美貌、可憐な振る舞いに見惚れる青年。絶対に口説き落として見せる……。

 青年は改めてそう決意した。




「ガチャガチャガチャでねガチャガチャガチャがガチャガチャガチャ言って、ねえ聞いてる?」


「え、ええ、勿論……」


 青年はそう返事しつつ視線を落とした。

 ひどく五月蠅い、金属がぶつかり合う音。だが、その手に持っているナイフやフォークじゃない。


 それは恐らく先輩のお腹より下、股の奥から……。

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