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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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奇譚倶楽部へようこそ(没集)

 タクシーを降りてその家の前に立った時、やはりセーターを着てくるべきだったと思った。

 まだ秋のはずなのにこの日は、と言うかここ数日やけに寒い。


 上司の後に続いて立派な門を通り、ドアを開け中に。執事風の老人が丁寧な手つきでコートを預かる。

 暖炉のある部屋に案内され、セーターはやはり不要だったなと思い直した。

 マドレーヌみたいにふんわりと座り心地良さそうな肘掛付きの椅子。それに深く腰掛けると自然に、ふぅと息が漏れた。


「全員集まったな、と彼は新入りだ。名前は……おっと、名乗らなくていい。

イニシャルで結構。ここではそう呼び合うんだ。よろしくI君」


 椅子から立ち上がり、自己紹介しようとした俺を上司がそう制した。

 A、C、E、上司のGそして、この俺、I。

 これらが今日ここに集まったメンバーだ。他にもいるかもしれないが上司に連れられ、ここに初めて来た俺にはわからない。

 あれこれ質問するのも行儀が悪い。この上品な雰囲気の場所がそう思わせた。

 どうやらGが進行役のようだ。会話から察するに今日の会を開いたのも彼らしい。

 もしかして俺を紹介するために? なんて自惚れだな。しかし、恐らく身なりや仕草からして全員がそれなりの地位にある人間だ。

ここで繋がりを作っておくのは悪くない、いや実に良い。あわよくば仲間入りに。

 いや、そう簡単には行かないか。テストか何かあるかもしれない。それにしても少しくらいこの集まりが何なのか事前に説明してくれてもいいものを……。

 と、俺が見ていると含みのある笑顔で返してきた。


「じゃあ誰から話す? やはり君かな、A」


「そうだな。名前順でいいんじゃないか。ちょうど新入り君も最後になる」


「新入りに大トリは酷では?」


「そう言うからだよC。大丈夫。今夜は楽しむだけで良いから」


 そう言い、Gが俺に向かって笑いかけた。


「あー、では早速。私が道を歩いていたときのことだ。

正面に何か妙な動きをしている奴がいたんだ。

目を凝らしてよく見れば、ソイツの顔は白塗りで、そしてパントマイムをしていたんだ。

ああ、そうだ。壁がそこにあるように見せるやつだ。

私は気にせず横を通ろうとした。

するとだ、ゴツン! 額をぶつけちまったんだ。

頭にくるよな。低俗なテレビ番組の仕業だろう。道幅いっぱいにガラスを仕掛けていやがったんだ。

しかし、ここで怒鳴っては向こうさんの思う壺だ。

グッと怒りを飲み込んで、少々遠回りだが引き返すことにした。

するとだ、逆側にも同じような奴がいたんだ。

そしてソイツも同じような動きをしていた。

まったく、ふざけた連中だよ。私のような一般人を嵌めてどうしようってんだ?

だから私は走った。勢いつけてブチ破ってやろうと思ったんだ。

んで、その後、パントマイム野郎をぶん殴ってやるんだ。

……だが、さっきと同じように跳ね返されたんだ。

ああ、痛かったさ。倒れてすぐに立ち上がれないくらいにな。

でも、そんなこと気にしている場合じゃない。

痛みに悶えて横たわる私の目にはよく見えたんだ。

ソイツの黒い靴が一歩、前に進むのをな。

まさかと思い、私は立ち上がった。

迫ってきている。

道の両側にいる二人の白塗りの男。ソイツらがパントマイムしながら、こちらに向かって進んできているじゃないか。

このままだとどうなるか? それは想像つくだろう。

これまでの人生の中で車に轢かれた蛙を見たことがないと言うのなら話は別だがな。

私は考えた。そして……」



 俺はブランデーの入ったグラスを老執事から受け取った。

 美味い。それはそうとまだ一人目だが、わかってきた。

 ここは武勇伝を語る場だ。それも奇妙な、嘘の……おっと嘘と指摘するのはきっとマナー違反だろうな。

 機嫌を損ねないよう、話を楽しんでいる振りをしてやればいい。

 Aの話のオチ、自らもパントマイムで透明なロープを作り、脱出するというのは中々悪くない。思いついたときはウキウキしたことだろう。

 だがまあ、俺が何かしらの作家なら不採用。没だな没。と、拍手拍手。

 話し終えたAを全員が拍手で称え、次はCが話し始める。



「僕のも若い頃の話だ。

陸橋の階段を上ろうとしたとき、老婆に声を掛けられたんだ。

道路の向こう側までおぶって欲しいってね。

僕は快く了承した。

一段、二段……と上っていくうちに妙なことに気づいた。

重くなっている。気のせいなんかじゃない。自分の骨が軋む音が聞こえたよ。

上りの階段の中間地点まで行ったとき、僕は老婆をその場で捨ててやろうかと思った。

しかし、それを察したかのように老婆の腕がグッと首を締め付けるんだ。

僕は仕方なくまた一段ずつ上った。

でも、階段を上りきったとき、これ以上は無理だと思った。

何故かって? そうだね。あとは橋を渡って、下りるだけだものな。

上がって重さが増したのなら下れば軽くなる。自然な発想だ。

だが違う。

実は階段を上っている途中、諦めて少し下りたんだ。

だが重さは変わらなかった。いや、何なら少し重くなったかもしれない。

そう、恐らく進んだ分だけ重さが加算される。

つまり、この分だと後半の下り階段も重さが加算される。

そうなれば階段から転げ落ち……その先は想像したくないね。

ふふっ、僕も潰れた蛙の喩えを使わせてもらおうかな?

ああ、もしくはシャッコウオか。

ま、どうでもいいね。あの時はそんなこと考えられる余裕はなかった。

僕は脳をフル回転させ、必死になって助かる方法を模索していた。

夕日色に染まり、足をプルプル震わせながらね。

そして思いついた。僕は陸橋の柵から身を乗り出したんだ。

すると老婆が耳元で囁いた。

『死ぬ気かぇ坊』

焦っている様には感じられない。むしろ楽しんでいた。

だがその老婆の余裕も僕の次の一言で」



 チョコ! やはりブランデーにはチョコレートだな。老執事の気配りには舌を巻く。

 Cの話のオチもまぁまぁだな。『もう死んでやる!』と自殺志願者のフリして通行人を呼び集め、下まで一緒に体を支えてもらう。

 しかし、おぶった相手の重さが増していくというのはありがちな創作話だ。

 凡も凡。凡作で没だな。次はEの番か。まあ、この調子だと期待はできないな。



「川で釣りをしていたときのことだ。

上流から何かが流れくるのが見えて、俺は釣竿をコンクリートの隙間に挟んで置いた。

次第に近づいてくるそいつを目にした俺は岩左衛門か

ははは、どんぶらこどんぶらこってあの昔話みたいな大きな梅かと思ったよ。

だが、そのどちらでもなさそうだった。

膨れたような大きな腹をしていたが、死人にしてはその腹は血色が良さそうだった。

もしかしたら助けを求めているのかもしれない。

ほら、船が沈没したとき、下手に動かずに浮いて救助を待つのが良いというじゃないか。

そんな感じで、ああ見えて必死なのかと。

誰か人を呼ぼうか、いや、そんな暇ないなと思っていたら、うまい具合に流れに乗ったのか丁度、こちらに近づいて来るじゃないか。

俺は手を伸ばし、そいつの腕を掴んだ。

すると向こうも掴み返してきた。

意識はあるようだ、すぐに引き上げてやろう。

そう思ったら、逆にアイツはこっちを水の中に引きずり込もうとするんだ。

なんだコイツは、と顔をキッと睨んだら……なかったんだよ。

そいつには丁度口から上の部分がまるでパカッと外されたようになかったんだ。

それだけじゃない。水を噴射しているんだ。その空洞部分からな。

湯船の中にシャワーヘッドを沈めたみたいに水面が盛り上がっていた。

これはまずい。どんどん引き込まれる。何か手はないかと思った俺は」



 釣竿だな。……よし、正解!

 しかし美味いチョコだ。どこのだろう? きっと高級なやつだ。お土産に貰えないだろうか。

 釣り針を口の部分に引っ掛け、噴射口の向きを変え逆に利用して、引っ張りあげようとするも手を離され、逃げられた……か。

 腕に残った手形が魚拓のようだったというオチは悪くないが、これも凡だな凡。しかも梅じゃなくて桃だろう。詰めが甘い。


 ……お、とうとう次は我が上司のGの番だ。

 下手な話だったら見方が変わってしまうかな。なんてな。

 他の連中と同じように何かの妖怪や怪異の類の話かな。現実にはそうそう起きようがないのに。

 いや、だからこうして作り話をして楽しんでいるのか。幼稚というか、まったく物好きな連中だ。

 とは言え、やはり俺も何か話さなくてはいけないか? 困ったな……何かでっちあげようにも急な……。


「ああ、私は先月二つ話したじゃないか」


「あーそうだったなぁ。確か呪いのぬいぐるみの話か」


「ああ、そうだった。幼い頃交流があった裁縫が趣味の近所のオバチャンに助けを求めたんだったな」


「そうだ、それでそのババアが実はフフッ、女装家、男だったとはな」


「相当幼い頃だ。区別なんてつきにくいさ。股座の触手もうまく隠してたしな。」


「へえ、それでどうなったんです?」


「なんてことはない。可愛くリメイクして持ち帰りさ」


「中に入っていた蛙の内臓みたいなのをゴミ箱に捨てたら、そのオバチャンの飼い猫が咥えて行ったってのは傑作だ」


 一同が笑い出す。俺も笑っておいたが、次は俺の番になるのかな。と、ああ、あの話でいいか。いい具合に酔いが回って考えるのも面倒だ。


「しかし羨ましいな。戦利品は中々手に入らない。俺の腕についた痕も消えてしまったしな」


「確かにな。私もこれまでに二つしかない。まぁそれはいいとしてI君。どうだ? 君の話が聞きたいな」


「あーじゃあ、一つだけ」


「いいぞ新入り!」


 立ち上がった俺は溶けたチョコが喉に粘りついている気がして、ブランデーを一気に流し込んだ。

 その様子を見て、気合を入れたと思われたのか拍手が起きた。


「あー、つい三日程前のことです」


「ホヤホヤだな」


「黙って聞け」


「ありがとうG。俺、ああ私が帰り道を歩いているときのことです。

いつもの道。しかしなにか違和感が。アレだ。脇に見えるアパートの外灯。

あの色がオレンジから白に変わっている。

ま、なんてことはない。そう思って歩いているとマンホールの形が、なんだか……そうだ。丸から四角に変わっているじゃないか。

工事? 有り得ない話じゃない。しかし妙だ。更に続けて歩く。

すると、あのカーブミラー……丸から菱形になっている!」




「……それで?」


「ちょっとずつ違うんだ。何もかも。恐らくは気のせい、あるいは脳の病気……いや考えたくもないですねそれは。

と、今思えばその違和感に気づく前に頭痛がした気がする。それに体が揺らぐ感覚も。

まあ、暇ができたら検査に行こうと思っていますよ。こちらのGが暇をくれたらですけどね」


 Gが笑い声を上げた。


「なるほど、では続きをどうぞ」


「続きはないですよ。それだけ。皆さんのように劇的なオチはないけれど、ふふっ、リアルでしょう? 

妖怪だの超常現象などあり得ない、と別に皆さんの話をリアリティがないとは言わないですがね」


「違和感を……全てに? それは今も?」


「ええ、まあ。脳の病気、それだったら怖いでしょう。うん、それがオチだ」


「ああ、それで」


「なるほど」


「ん、どうしました?」


「いや、我々が君に抱いていた感情。それが何かわかったような気がしてね」

「ふふふっ、G。やるな。彼を連れてきたのはそういうわけか」

「はははははっ。まあね」


 そう言うと俺以外の四人が椅子から立ち上がり、そして、そして下唇をめくり歯茎を見せて……ああ! なんだそれは! こんな……なんておぞましい! 蠢いて……あああ嘘だろ!? 胸が裂け……あああああ! 神様、かみさま!


「違和感だよI。君に対してのね。我々の勘違いでなければ君にもあるだろうね?

この世界の人間には当たり前についているコレが。ぜひ見せてくれたまえよ」


 戦利品が手に入った。誰かがそう呟くと、俺以外のメンバー全員にこの夜一番の笑顔が。

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