露出魔の邂逅
「フォオオオオオオウ!」
突然の奇声。
街中を歩く人々はその声の主に注目した。ロングコートを着た男。春の風がそのコートの裾を悪戯っぽくめくる。
そこにあるのは毛深い素肌。嫌な予感が脳内を駆ける。
そして……男は着ていたコートを脱ぎ去った。
無言。時が止まったような静けさ。誰の耳にもコートが地面に着地した音が聞こえただろう。
そして押し寄せる荒波のごとく悲鳴が響き渡った。
当然の反応だ。晴れた日の穏やかな午後に現れた露出魔。
そのモノはそそり立っている。
男は両手を広げ、演奏を終えたクラシックの指揮者の如く、その悲鳴を皮膚で浴びる。
恍惚とした表情。一方で衆人はと言うと距離を置く者。怪訝な顔をする者。嘲笑い、撮影する者。と、意外にも逃げ出す者は少ない。
男が身につけている物は靴下と靴のみ。凶器など持ってないことは明らかだ。暴れれば警官の到着を待たなくても、誰かが取り押さえるだろうと高を括っているのだ。なんなら目の前で逮捕劇を見てみたいという思いさえある。
正常性バイアス。だが、それは正しい。この男に危険性はない。当人に暴れる気はないのだ。目的は達した。警察が来れば大人しく捕まるつもりだ。
……だが事態はここで拗れる。
男の前に一人の男が立ちはだかった。
拳を握り震え、許せないとばかりに睨みつける。
衆人は「おお!」と湧き立った。
正義感あふれる市民? 私服警官? ……いや、それにしては何か妙。どこか既視感のようなものが……。
あ。
と、気づく者より早く、その男はコートを脱ぎ捨てた。
再び悲鳴が上がる。
そう、新たな露出魔が現れたのだ。
偶然か否か。取り巻く衆人にはわからないが対峙する男たちにはこれがどういうことかわかっていた。
これは運命だと。
「フォオオオオオオウ!」
「フウウウウウウウ!」
二人の男は両手を広げ、プロレスラーのように構えた。
そして取っ組み合いが始まった。ここは俺のステージだ。お前は出て行け、と言わんばかりにぶつかり合い、相手を倒そうとする。
体格は同じ、そして両者に武術の心得はない。突然の戦いに通行人たちは唖然、そしてすぐに盛り上がった。
いい見世物だ。ハブとマングースの戦い。いや、それは言いすぎだ。初めてスケート靴を履いた二人の氷上のペアダンス。小学生の喧嘩。ドタドタと洗練さのかけらもない戦い。なんとも愚かしいと顔をしかめ、呆れ、憐憫の目を向ける人も少なくはなかった。
そんな二人を止めたのはまた別の男だった。
警官ではない。彼らは交番から小走りでこちらに向かっているところだ。
半笑いの目撃者から報せを受けた彼らは、それほど緊迫した状況ではないだろうと、どこか思っていた。
さて、争う二人の腕をガシッと掴んだこの男。
見守る衆人は驚きの余り、息を呑んだ。
この男もまた全裸だったのだ。
それだけではない。その顔には明らかな怒りがあった。そして咆哮。取っ組み合っていた二人の露出魔は飛び上がって逃げ出した。
と、その先には警官が。だが警官は流石にその状況に戸惑い、脳が一瞬フリーズした。
その隙に横を二人の露出魔が駆け抜ける。
しかし、今は逃げる露出魔より、目の前の男から目を離すことができない。
二人の露出魔は太陽のほうへ走り去る。その体は暖かな光を浴び、何よりも自由だった。
そして警官と対峙する男。
彼はなぜ仲裁したのか。
叫び声が耳障りだったから?
それとも仲間同士争うなと伝えたかったのか。
きっと後者だ。
何故なら彼もまた自由を求めて動物園から脱走したのだから。




