コスプレ
「ん、うーん……」
女は目を覚ますとまず体の不自由さ、そして肌に触れる空気の面積が広いことに気づいた。まだ重たい瞼を開き、見下ろす。
――下着!
――椅子!
――縛られてる!
寝ぼけた脳に情報の波が押し寄せ、溺れそうになった。
薄暗い、知らない部屋。頭に浮かぶ単語はストーカー。変態。そして誘拐。
彼女がそう思った瞬間、まるで答え合わせのように男が暗闇からヌッと現れた。
「目を覚ましたんだね」
そう言い、部屋の電気をつける男。
彼女が目を背けたのは眩しかったのと男の素顔を見たくなかったからだ。
顔を見たらきっと最後に殺されてしまう。そう考えた。
しかし、その抵抗虚しく男に指で目を開かされた。
「ご、ごめんよぉ、怖がらせる気はなかったんだ。き、君にどうしてもこの衣装を着て欲しくて……」
見せられたのはメイド服をベースにしたもの。
そう、私はコスプレイヤー。そのルックスと再現度から注目度急上昇中だ! ……などと独白をしている場合ではないと彼女は頭を振った。
すると男は勘違いしたのか顔を歪め「き、着てくれないの……?」と独り言のようにつぶやいた。
「わ、わかった着る! 着るから!」
彼女は慌ててそう言った。断る理由はない。従わなければどんなひどい目に遭わされるかわかったものではない。
それに拘束が解かれれば逃げるチャンスが増える。
大人しく衣装を着ていく彼女。どの作品のキャラかは知らなかったが、そう複雑な造りでないことに胸を撫で下ろした。
とはいえ油断はできない。ただ着れば良いというわけではない。表情一つ間違えれば激昂しかねない。何せ相手は変態の上、誘拐犯だ。
「いいよ! いい、いい!」
着替え終え、お披露目すると男のその上機嫌にひとまずホッとする。
このままお家に帰してくれたりして……。などというのは楽観的な考えであることは重々承知。
彼女は気を抜かず、相手に気を許させることに全力を尽くそうと決めた。笑顔でポーズをとる。
「いやぁ、いいねぇ……じゃあ、あとこれね」
と、手渡されたのは眼帯。黒のレース調。どちらに着けるか聞こうとしたとき、男のもう一方の手に何か光るものが見えた。
「そ、それは……?」
「これ? アイスピック。じゃあサクッとやっちゃおうか」
「や、やるってなに」
「左目だよ? 潰すんだ。リアル嗜好なんだ僕」
女は足が震え、思わず尻餅をついた。見上げる女に男が近づく。
「で、でも衣装が汚れちゃうから……」
「ああ、大丈夫。彼女、時折眼帯の下から血を流すんだ。それがいいんだよねぇ」
女は子供のように泣き喚いた。抵抗したがあっけなく馬乗りされ、アイスピックが目の前に迫る。
もうお終い。そう思ったその時だった。
突然開けられたドア。
アイスピックと男がそちらを向いた。
あっという間の出来事。
部屋に入ってきた男がバットを振り、男の顔に直撃。両腕を広げ床に倒れ、一発でのびあがった。
「だ、大丈夫?」
「あ、ありがとう」
――助かった!
――救世主!
――ベストタイミング!
女の頭の中に浮かぶ言葉。
そして……それらの奥から滲むように出てきた疑問。
どうしてここが?
「よ、良かった。界隈でも噂になっていたんだこの男は。ぬ、抜け駆けされないように行動に移したんだろうね」
「本当に助かりました……え、抜け駆け?」
「そ、そう、僕や他の連中にね。き、君の顔は汎用性があるんだよ!
道具と衣装を持ってきたからさ! ぜひ僕のキャラのコスプレをして欲しいんだ!」
「そ、それはどんなキャラ……」
「これさ!」
そう言い、携帯電話の画像を見せる男。その姿、手足がなく……。




