エリーは死んでいる
「ねえ、お兄ちゃん。抜けた髪の毛って気持ち悪いよね。どうしてだろうね」
「……もう生きてないからさ」
「ふーん。でも、エリーは気持ち悪くないよね」
「……それは、エリーだからさ」
「ふーん」
ビリーはわかったような、わからないような顔をしてテレビの前に座り、アニメを見始めた。ガキだから仕方ない。
ソファーに寝かしたエリーは本当に綺麗でまだ生きているみたいだった。
でも、もう脈はない。彼女は死んだ。
原因はあのクソ親父。エリーは親父にぶん殴られて頭を打った。それでこんなザマだ。
アイツが殴った理由はわからない。虫の居所が悪かったのか、あるいはスケベ心でエリーに迫り、それを拒絶されたのをキレたのか、いずれにせよ、自分の部屋にいたおれはその瞬間を見ていない。
飲んだくれのクソ親父の部屋に目を向けると、喉の奥から酸っぱいものが込み上げてきた。だからまたエリーに視線を戻した。
エリーはベビーシッターだ。母さんが死に、荒れた親父が見せた最後の優しさか、気まぐれでうちに雇われた。それか、いつかエリーとヤルためか。ああ、そうに決まってる。いずれにせよ、エリーには感謝している。彼女はおれたち兄弟の心が崩れないように食い止めてくれていたんだ。
エリーは優秀で、家事だけでなくビリーの遊び相手や、飲みかけの酒瓶を捨てられてキレたクソ親父もうまくあしらっていた。
エリーはおれの部屋も掃除したがったが、おれは誰にも入ってほしくなかった。部屋だけの話じゃない。関わりたくなかったんだ。誰とも。
おれはもうベビーシッターが必要な歳じゃない。だから、いないものとして扱ってくれてよかった。でも、エリーは引きこもりがちなおれを何度も遊びに誘った。おれは「しつこいぞ」と怒鳴って拒絶していたけど、あまりにもしつこいので、ある日、しぶしぶ参加した。
エリーもビリーも喜び、かくれんぼやキャッチボールで遊んだ。幼稚な遊びだ。でも、母さんのことを思い出して少し涙ぐんだ。
おれは気づかれないようにしていたつもりだったが、エリーにはお見通しだった。彼女は優れたベビーシッター、いや良い人だった。そう、良い人間……。
ああ、ビリーがこっちを見ている。
おれが泣いているからだ。エリーの死を悲しんでいると思っている。
……なあ、ビリー。お前は知っていたんだよな。彼女と一番、一緒にいたもんな。
ああ、駄目だ、消すな。そのままテレビを見ててくれ。
こっちに来るな。頼む、言わないでくれ。
彼女は大丈夫だって。また動くって。そんなこと言わないでくれ。
駄目だ。彼女にはスイッチなんかないよな。なあ、そうだろう……?
なあ、ビリー……。死体はやっぱり抜け毛と同様に気持ち悪いんだな。
でも、あんなクソ親父のことでも涙が出てくるのはどうしてなんだろうな。
なんでおれはついカッとなっちまうんだろうな。親父の子だからかな。似てるのかな。それがそんなに嫌じゃないのはどうしてなんだろうな。
「おはよう、ショーン。あら、大丈夫よ……あなたはきっと大丈夫」
起き上がったエリーがおれの頭を優しく撫でた。
一瞬、太陽の匂いがした。
おれは昔に、家族四人の仲が良かった頃に戻れる気がして、ゆっくり目を閉じた。




