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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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こだわり

「隣、いいですか?」


「あ、はい」


 そう返事した途端、女は後悔した。そもそも返事のつもりでもない。

『きゃ』とか『ひぃ』といった驚き、反射的に口をついた言葉だ。『後から友達が来るから』とでも言えばよかったと思い浮かぶももう遅い。ついでに彼女が通うこの大学に友達はいない。


 それにしても他に空いている席はあるのにどういうつもりで一人で座る私の隣に来たのだろうか。やはり……ナンパ。

 そう考えた女はキッとその青年を見た。

 そう、睨んだではなく見た。下から上へ。特に顔を入念に。

 顔はまあまあ。服装も普通。

 女が下した評価はB。付き合える範囲ではある。

 女は自分の髪に触れ、極めて平静に見せようと努めた。


 ……しかし、話しかけられることすらなく講義は終わった。

 メモの一つも残していかず、青年は女に目を向けることなく、そそくさと教室を出て行った。


 一体何なんだ……と、肩透かしを食らった気分に女はため息を吐いた。

 が、これで良かったかも知れないとすぐに思い直した。思い返せば『はい』と言った瞬間のあの笑みが不気味だった。負け惜しみでない。決して。


 ただ、それで終わらなかった。それからも青年は同じ席に座った。

 しかし、話しかけてくることもなく、講義が終わればただただ帰る。奇妙と言えば奇妙だがわからなくもない。いつもの席。バスやカフェ、図書館などいつもと同じ席に座りたくなるものだ。

 縄張りと言ってもいいかもしれない。むしろ、その席の隣にたまたま自分が居たというだけの話。女にもこだわりはあるから理解はできる。


 アパートの部屋に帰った女は冷蔵庫から切り餅とアイスを取り出す。

 切り餅と少量の水を器に入れ、レンジで温めバニラアイスを投入。餅の温度でアイスが溶け、絡み合う。これが彼女のこだわり。

 女は更にバターを投入しようかと思ったがそこは我慢。おなかの肉をつまみ、唇を軽く噛んだ。


 もっちりとした食感とアイスの甘み。最高だ……と恍惚の笑みを浮かべる女。

 至福の時間……と、何か隣が騒がしい。気になった女は咀嚼しながらドアを開け、顔を出して様子を窺う。

 隣は確か会社員の女性の一人暮らしのはずだ。何をドタバタしているのだろう。

 アイスをまた一口食べたタイミングでドアが開いた。


 女と同じくドアから突き出した顔。

 でも女性じゃない。

 あの青年だ。


「今日から隣なのでよろしく」


 青年はにこやかにそう言うとドアを閉めた。女が飲み込んだアイスが食道を滑りながら胃に落ちた。


『隣いいですか?』ってまさか、ずっと……。


 悪寒が女の体にしがみ付き、離れようとしなかった。

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