表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

145/705

小さな神

 振り下ろした石が奴の顔の骨を砕いたとき、おれは後悔した。奴を殺したこと、自分の顔に奴の汚い血がかかったこと、そのどちらでもない。偶然なのか、それとも興奮状態で研ぎ澄まされた直感が働いたのか、視線を感じたのだ。

 金庫のダイヤルを合わせるようにその視線に自分の顔を向けると、目が合った。


 ――見られていた。


 今宵は月が雲に隠れていたが、そのことは何の慰めにもならない。電灯が顔についた血の色も正確に見せているだろう。

 この殺しは衝動的ではあったが、正当性はある。復讐だ。この夜、偶然、街で奴を見つけ、後をつけた。

 まさに神の計らいだと思った。奴が向かったこの人けのない小さな神社は、実行に移すにはうってつけの場所だった。 

 奴がここで何をしようとしていたのかはわからない。賽銭泥棒か、単に神に祈りたくなったのか。おそらく前者だろう。死ぬ直前、眼前に迫る石を見たときには神に祈ったかもしれないが。

 凶行を目撃されたにもかかわらず、こうしておれがまだ逃げずにいるのは諦めか、それとも希望か。

 見ていたのは幼い子供のようだった。その子はこの神社の隣にある家の二階の窓から、じっとこっちを眺めていた。距離があるため、年齢はわからない。子供に凄惨な場面を見せて申し訳なく思う反面、おれは幸運だと思った。

 もし、あの子の年齢が二、三歳。夢と現実の区別も曖昧な年齢なら、顔の判別どころか何を見たのかさえわからないだろう。

 いや、いずれにせよ早々にここを離れるべきだ。真夜中とはいえ、誰かがここに来ないとは限らない。それに、あの子が母親を呼ぶかもしれない。


 ――あっ。


 そう思ったが、おれの足はその場から動けなかった。その子がスマートフォンを取り出したのだ。 

 瞬間、頭に浮かんだのは『通報』の二文字。ああ、終わった。完全に……いや、待て。あれはオモチャだろうか? その子はスマートフォンを顔に当て、笑っている。遊んでいるようにしか見えない。となれば、まだ理解が及ばない年齢に違いない。よかった。そう、よかった。

 おれはその子に背を向け、そう反芻した。


「……はははっ」


 おれはつい笑みをこぼした。立ち去ろうと一歩踏み出したちょうどその時、いくつかの音が聞こえた。

 車のドアが閉まる音。慌しくこちらに向かってくる靴の音。そして、神社の入り口の方から警察官が姿を現した。

 おれはあの窓のほうを向いた。すると、カーテンが揺れ、おそらく母親だろう女性が子供を窓から遠ざけた。

 見られていたのだ。おそらくずっと前から。あの子は母親の行動を真似していたのだ。

 おれは大人しく捕まった。しかし、警察官に連れられる最中、安堵していた。

 きっと、今夜のことはあの子の記憶には残らない。そう、きっと大丈夫だ。あの子がトラウマを抱えることはない。

 この先、自分が子供を持つことはないだろう。一緒に育む相手もいない。いたが、殺されたのだ。あの男に。でも、仇は討った。だから後悔はない。何一つ。何一つ……。


 もう一度窓のほうを見ると、あの子がそこにいた。

 あの子は無邪気にこちらに手を振っていた。

 おれは誰にも気づかれないように、小さく両手を合わせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ