表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

133/705

思いを馳せる

 道路工事の作業員だろうか。

 前方から歩いてくる男を見てそう思った。

 普段なら気にも留めないが、フラフラとどこか頼りない歩き方が気になった。

 手に持っている白いヘルメットには汚れがついている。

 恐らく今は休憩時間で、コンビニにでも行くのだろう。男の行く先、私が歩いて来た道には一軒あったはずだ。

 いや、待てよ。男が来た方向にもコンビニがあったはずだ。何ならそっちのほうがここからの距離は近いが、まぁ知らなかっただけなのかもしれない。


 男とすれ違う。何か覚えのある匂いがした。

 ……そうだ、私の父親も作業員だった。

 脳の記憶をつかさどる部分が刺激されたのだろう幼き頃の思い出が……蘇らなかった。背後から音がしたのだ。

 振り返り、確認すると、どうやら男が持っていたヘルメットが落ちた音らしい。ヘルメットは少し転がり、そして動きを止めた。

 男は構わず歩いていく。

 疲れていて気づかないのか? 声をかけてやるべきか?

 いや、そうしてやる義理はない。それに休憩のためにコンビニに行ったのなら、帰りにまたこの道を歩くだろう。


 私はしばし、ヘルメットを見つめた後、また歩き出した。

 父の仕事は好きではなかった。友達の父親のようにスーツを着る仕事をして欲しかった。それが普通だと思っていたからだ。今は違うということは当然わかっているが、あの時の想いは今もどこか残ったままだ。

 私は……と回想はまたも阻まれた。喧騒が聞こえ、食べ物を見つけた蟻のように人が慌しく動いていた。


 何が起きたのか。コンビニの駐車場に横たわる作業服の男が三人。誰一人として動かない。道路には染み込んでも余るほど流れ出たのだろう、血が溜まっていた。


「あいつイカれやがった!」


 怒りとも嘆きとも聞こえた。

 あいつ……とは。すれ違ったあの男……。そう結びつくのも無理はない。

 思えばあのヘルメットの汚れも掠れた血のような。

 理由は苛めに耐えかねての、かそれともただただ狂ったのか。

 何にせよ、事件の主犯では目と鼻の先のコンビニでは買い物など出来ないかもしれない。だからもう一箇所のコンビニを目指した。


 彼はもうコンビニに着いた頃か?

 何を買うのだろう。陰鬱な気持ちといえども全てを吐き出した直後では、心許なく体がふらつくのも無理もない。

 コーヒーと、それから少し甘い物か。もしくは酒か。タバコもアリだな。

 ……ああ、どうしてか彼の頭の中を考えてしまう。

 目を閉じると口にコーヒーの味が広がった。

 そう、買ったのはコーヒーだけだ。

 そこでヘルメットを落としたことに気づく。しかし、もうどうでもいい。開放的な気分だ。

 タンポポの綿毛のように自由にどこかへ行こう。


 ……なんて、なぜわかってしまうのだろう。

 ……なぜ。閉じた目を開けると手に缶コーヒーがあった。

 なぜだ。なぜ。

 飛ばした凧を引き戻す。

 地上に近づくにつれて道路のシミなどが見えてくるように記憶が、軋んだ体に戻ってきた。


 そうだ……。

 彼は俺だったのだ。


 迫るサイレンの音が、短い現実逃避の間に、もうどこにも行けなくなったことを俺に告げているようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ