朝の声 :約500文字
『よう』
ぼくは朝、目が覚めると、まず水を飲みにキッチンへ向かう。
『なあ』
気をつけなきゃいけないのは、浄水器の水をコップで飲むこと。ぼくはおなかがちょっと弱いから、冷蔵庫で冷やした水は飲まないんだ。
『おい』
顔を洗うのはそのあと。洗面所へ向かいながら、手の甲でまぶたをゴシゴシ。こびりついた睡魔を落とすんだ。
『無視するなよ』
ゴシゴシゴシゴシ……そう、ぼくはまだ半分寝ぼけているのだ。だから、さっきから頭の中で響いているこの声も、きっと気のせい。
『違うぞ』
違うらしい……。あ、じゃあ、これは夢だ。明晰夢ってやつだ。ラッキー!
『これは現実だよ。だが惜しいな。おれだよ、おれ。さっき会っただろう?』
……さっき会った? そう言われると、どこかで聞いたことがある声のような気がしてきた。
でも、さっきっていつのことだ……? 夜、寝る前に誰かに会ったっけ?
『寝てる最中だよ』
それは……つまり、夢の中で?
『正解だ。へへへ、ついて来れたんだよ。まあ、仲良くやろうや』
ぼくは、さっき見た夢を思い出そうとした。
けれど、すでに記憶は曖昧で、掴もうとすると指の隙間から砂のようにこぼれ落ちていく。
それでも一つ、慎重に摘み上げると、つられるようにポツポツと記憶がよみがえってきた。
そうだ。たしか、男だった。
黒い服を着ていて。
がっちりとした体つきで。
髪をかき上げていて。
荒っぽい性格で。
それから――。
人殺しで……。
洗面所の鏡に映ったぼくの顔が、一瞬波打つように揺らいだ気がした。




