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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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聖火            :約1500文字  

 ……おっと。


 刑事の男は、店主が怪訝そうな顔をしていることに気づき、箸を止めた。目の前の皿には、ほじくり返され、無残な姿を晒す鮭の切り身。箸の先にこびりついた脂が、店内の蛍光灯の光を受けてほのかに煌めいていた。


 ――失敗、失敗……。また仕事のことを考えてた。


 刑事は頭を掻き、ごまかすようにコップの水を飲んだ。


 ――いやあ、うまい、うまいよ。水も、この定食も……。だからそんな目で、おれを見ないでくれよ。


 昔ながらの定食屋。昼時を過ぎているせいか、あるいはいつもこうなのか、客は他に二人だけ。壁の上部に取り付けられたテレビだけが活き活きと喋っている。くすんだ白のテーブルは少しベタつき、打ちっぱなしのコンクリートの床には埃の塊や干からびたハエの死骸が転がっていた。


 まあ、しょぼくれた刑事のおれには、こういう店がちょうどいい。……いやいや、自分で“しょぼくれた”なんて言っちゃいけないな。これでも若いのからは『眼光が鋭くてかっこいいですね』なんて言われるんだ。……いや、かっこいいとは言われてなかったかもな。

 それはそうと、ちょっとこの鮭、焦げてるな。まるであの家……そう、あの家みたいだなあ。新人の頃は、焼死体を見たあと、焼き物なんかとても食えなかったのに、おれも年取ったもんだな……。いろいろと慣れたり、染みついたり……ああ、これもそうだな。


 刑事はふとテレビを見上げ、小さく息をついた。コマーシャルが終わり、画面はニュース番組に切り替わっていた。


 自分の担当事件のニュースがないか、つい気にしてしまうなあ。でも、もう数日前の話だし、珍しい事件でもない、か。続報もないのにもう一度わざわざ取り上げたりはしないだろうなあ。

 それにこの時期だしな。世間の関心は別なほうに向いているだろう。華やかなほうにな。

 しかし、一軒家が全焼し、一家全員死亡……か。痛ましい事件だが、死んだのは地域で悪名高い迷惑一家だった。近所とのトラブルは日常茶飯事。警察を呼ばれるだけでなく、逆に言いがかりをつけて警察を呼びつけることもあった。

 落書き、車への傷、他人の敷地へのゴミの投げ込み、石、罵声、騒音……。それらの迷惑行為を母と父、年のいった息子――家族全員で四方八方に向かって浴びせていた。はっきり言って、頭がおかしいんだ。


『連中はな、腹から声を出すのをモットーにしているんだ。たとえ、それが夜中であってもな』


 近隣住民の話だと、たびたび庭で焚き火や花火、バーベキューをして騒いでいたらしいから、自火と見るのが妥当ってことになっているが……。


『監視カメラをつけたら、文句を言いに来たんですよ。「盗撮だ!」「卑劣だ!」って』


 なんだろうなあ。この鮭の小骨みたいな妙な引っかかりは……。長年の刑事の勘って口にしたら、同僚に笑われちまうだろうなあ。おれはそんなに勘が鋭いほうじゃないからな……。


『ウチの窓ガラスを割ったときは「ゴール!」って叫んでたわ。あの人たちにとってはスポーツみたいなものだったのよ。私らにどれだけ迷惑をかけられるかっていう競技ね』


 ん、もう来月かあ……。素晴らしいだの、なんだのコメンテーターたちが囃し立ててらあ……。


 …………まさかな。


 テレビの画面には、煌々と燃える火。聖火のトーチを持つ人々の笑顔。

 刑事には、炎に照らされたその顔が、近隣住民の顔と重なり、脳裏に焼きついて離れなかった。

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