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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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お菓子の国         :約2000文字

【幼い頃、私は寝るのが大好きでした。いつでもどこでも、ふわっと眠くなると、心が浮き立ちましたね。あ、また“あの場所”へ行けるんだって。

 本当に大好きだったんですよ。なぜだか毎回のように見る、その夢が。

『お菓子の国』。それだけで、子供にとって最高の夢だということが伝わりますよね? 夢の中なのに、ちゃんと味がして、いくら食べても太らない……って聞くと、むしろ子供より大人の女性のほうが喜びそうな夢かもしれませんね(笑)。

 あっ、思い出したら唾液が……(汗)。でも、現実は甘くない。食べれば食べるほど、このおなかの肉に……!

 だから今は、空想の世界で楽しむことにしてるんです。まあ、時には思いっきり食べちゃいますけどね(笑)。『参考資料、参考資料』って唱えて。それが今の私の、ちょっとした呪文です(笑)。

 あれは、本当に最高の夢でした。しかも、夢の中では時間の流れがゆっくりなんですよ。だから、いつものんびりお菓子を味わってましたねえ。

 雲みたいにふわっふわの綿菓子、色とりどりの巨大なドーナツ。滝のように流れる水飴、地面はすべてチョコレート。視界に入るすべてが、甘く美しいお菓子たちであふれていました。キャラメル、クッキー、ケーキ、アイス、プリン……もうそこらじゅうにあって、それからそう――】


「ままー」


「ん、ふふっ、どうしたのー?」


 私は手を止め、駆け寄ってきた娘を抱き上げた。

 今は絵本作りの最中。昔、夢の中で見た風景をそのまま絵に起こして、そこにちょっとしたストーリーを添えるだけ。主人公のモデルはこの子。絵の柔らかいタッチと色遣いが読者に受けたらしく、そこそこ売れている。雑誌に載せるエッセイも並行して書いていたところだった。


「ここ、いったことあるぅー」


「ここー? ふふっ、ママの夢の中だよー?」


「あるぅー!」


 娘は真剣な顔で、絵本の一ページを指さした。まだ三歳。目を覚ましていても、空想の世界の住人だ。私は微笑みながら、顔を寄せて娘の額にキスを落とした。


 ――でも、もしそれが本当なら、私の能力をこの子が受け継いだのかもしれない。私がかつて行ったあの国をそのまま継いだのか、それともまったく新しい国なのかはわからないけど。

 ……いいなあ。私はいつからか、あの夢を見なくなっていた。その分、羨ましくもあり、どこか切ない。もっとも、絵本の影響でお菓子の夢を見ただけのことかもしれない。私はそうやって、自分の感傷に区切りをつけた。




 ――えっ、これって……。


 その晩。私はまどろむ意識の中、久しく忘れていた感覚に包まれた。

 ここが夢の中だと、はっきりわかる、あの独特な浮遊感。それも懐かしいあの夢。目を開けなくても感じる、あの国だ。きっと、昼間の会話がきっかけになったんだ。記憶の奥にしまわれていた鍵が回されて、王国の扉が再び開いたんだ!

 ああ、これからは毎日好きなものを好きなだけ味わえるんだ。キャンディー、チョコ、クッキーキャラメルアイスケーキパイゼリープリン――えっ……?


 目を開けた瞬間、全身が総毛立った。そこに広がっていたのは、腐敗に包まれた世界だった。

 緑がかったカビに覆われ、巨大なキノコがあちこちに群生している。鼻を刺す悪臭が絶え間なく押し寄せ、息をするのも苦しい。目に沁みる刺激に、まぶたさえ開けていられない。

 目を閉じると、足の裏の感覚が際立った。ぶよぶよと、水風船のような弾力がある。うっすら目を開け、足元に視線を落とすと、黄色や赤――汗疱や血膿のような地面の下で、寄生虫のようなものが蠢いていた。

 一歩踏み出せば、足に何かが粘つき、鼻水のように糸を引いた。クッキー、ワッフル、ドーナツ――ところどころに積み上げられていたお菓子は今は溶け合い、ひと塊となり、火山のように膨れ上がって臭気のある煙をゲップのような音を立てて吐き出している。水飴の泉はべっとりとした耳垢のように黄ばんでおり、痰汁のような液体が滝となって流れ落ち、私の足元を這い始めた。


「わた、私の……お菓子の国……」


 時間経過――。最後にここを訪れてから、もう三十年近くになるのかもしれない。あの国は腐りきってしまっていたのだ。

 でも、そのすべてが生きているかのように脈動していた。まるで、かつての女王の帰還を歓喜しているかのように。

 私は顔を伏せた。この地獄のような光景を見たくなかっただけじゃない。込み上げてきた胃液に耐えきれず、反射的にその姿勢になり、そのまま嘔吐した。吐瀉物は何の違和感もなく、すぐに景色の一部と化した。


 私は震える手で口元を拭い、目をぎゅっと閉じた。

 起きろ……起きて……お願い、起きろ起きろ…………いつもなら、これで目が覚めるはず。

 なのに、どうして? どれだけ念じても、鼻を削ぐような腐臭と耳を萎ませるような歓待のマーチが、まだここが夢の中だと知らしめてくる。

 どうして? これは普通の夢じゃないから……? 

 でも、じゃあ幼い頃の私はどうやって……。


 あっ――そうだ。いつも満腹になると、勝手に……。

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